第14章 災厄の到来
窓の外では、夏の風が庭の木々を揺らしていた。
居間ではキキョウとニナが向かい合い、お茶を飲んでいる。
「ライネル様は本当に気遣いのできる方ね」
キキョウが手紙をテーブルに広げ満足そうに微笑む。
「何度読んでも素敵なお手紙ですこと。船旅ばかりの方なのに、これだけ丁寧に筆をとる殿方は珍しいものです」
「本当にそうですよね。私なんかには勿体ないくらいで」
曖昧に微笑むニナにキキョウは更に続ける。
「それに、字も綺麗」
「そうですね」
「背も高くて頼もしい方なんでしょう」
「ええ」
「公爵家ですし」
「はい」
返事をしながら、ニナはそっと紅茶を口へ運ぶ。
この会話は最近何度も繰り返されている。
家柄だったり、人柄だったり、仕事だったり、話題は少しずつ変わる。
だが結局は同じ場所へ辿り着く。
――ライネルは素晴らしい。
「ニナ」
「はい」
「本当に良いご縁ですよ」
キキョウは扇子を仰ぎ、しみじみと呟いた。
「そうですよね。私には勿体無いくらい」
「そんなことばかり言いなさんな。もう少し嬉しそうになさい」
「も、勿論嬉しいです!」
「全然そう見えません! 貴女は私が育てたの、もっと自信を持ちなさい」
ニナは小さく苦笑する。
キキョウは最近ずっとこんな調子だった
その様子は、まるで誰かに何度も繰り返し言い聞かせているようだった。
そんな会話をよそに、イルミは窓の外を眺めている。
「ほら、これをご覧なさい。細工がとても綺麗でしょう?」
キキョウが指先にはめて見せたのは、紫水晶と細かなダイヤがあしらわれた豪奢な指輪だった。かつてシルバから贈られたものだという。
「本当ですね」
ニナは少し困ったように微笑む。
「でも、まだそういうのは早いような……」
「何を言っているの。婚約したのだから全然早くありません!」
「そうですか」
「貴女もそろそろかしらね。楽しみね!」
キキョウは上機嫌だった。
向こうは公爵家。しかも相手は評判の良い実業家。
まるで大切に育てた娘の縁談が決まり、浮かれている母親のような顔をしている。