第12章 Cadenza(カデンツァ)※一部、微裏・怪我表現あり
空気が変わりかけた、その瞬間だった。
――コンコン。
乾いたノック音が鳴る。
「殿下。失礼いたします」
年輩らしき侍女の声に、イルミは反射的に身体を離した。
扉が開き入ってきた侍医と側近が、室内の空気を見て一瞬だけ目を止める。
だが、すぐに頭を下げた。
「ゾルディック先生。この度は殿下の命を救っていただき、誠にありがとうございました」
事務的な声だった。
「これより傷の具合を確認いたしますので、先生はお部屋の外へ」
その声音は丁寧だが、有無を言わせない。
当然だった。
未婚の王女の私室。しかも夜。
「…………」
イルミは数秒だけ無言になる。
それから何事もなかったように、すっと立ち上がった。
「ええ。オペラも控えておりますし、大事に至らず良かった」
イルミは扉へ歩み寄ると、取っ手へ手を掛ける。
「それでは」
扉が静かに閉まる。
廊下へ出たイルミは、数歩歩いたところで足を止めた。
瞼を閉じて短く息を吐く。
「……はぁっ、……勘弁してよね」
呆れたように零しながらも、その呼吸には抑え込んだ熱がまだ残っていた。