第12章 Cadenza(カデンツァ)※一部、微裏・怪我表現あり
エレオノーラを送り届けた頃には、外はすっかり夕闇へ沈んでいた。
イルミはそのまま彼女の後を追い、王宮の奥にある私室へ通された。
帰る機会はいつでもあった。だが、不思議とここまで来てしまった。
厚い扉が閉まると、外の喧騒は遠く沈む。
エレオノーラの私室は、昼間の謁見室とは別世界だった。
意外にも、年頃の少女らしい部屋だった。
薄桃色の天蓋布。窓辺に活けられた薔薇。白い大理石の暖炉には、冷えを避ける程度に小さな火が入れられている。
淡い金糸の刺繍が施されたソファへ、エレオノーラはゆっくり腰を下ろす。
ドレスの裾が柔らかく広がり包帯の巻かれた脚がその奥に隠れた。
落馬しかけた時の衝撃がまだ残っているのか、白い頬には微かな熱が滲んでいた。
それでも弱った姿を見せまいとする背筋だけは、王族のプライドが滲んでいた。
部屋には薔薇の甘い香りと薬草の匂いが薄く満ちている。
暖炉の火がゆらゆらと揺れるたび、部屋全体が淡く呼吸しているようだった。
エレオノーラは膝の上で指を重ねたまま、ふう、と小さく息を漏らした。
「……」
少しして、また「……はぁ」と息が零れる。
「……」
さらに数秒後。
「……っ、はぁ……」
今度は僅かに熱を逃がすような吐息が落ちる。
イルミはしつこく繰り返されるため息へ、窓枠に軽く肩を預けたまま視線を向けた。
「そんなに痛い?」
「別に、平気ですわ」
即答だった。
けれど、その声にはいつもの張りがない。
「さっきから溜め息ばっかり」
「……してません」
「してる」
エレオノーラはイルミからふいっと視線を逸らした。
窓の向こうで、夜風に木々が揺れる音がする。
しばらくして、エレオノーラは小さく呟いた。
「……あんな風になるなんて思いませんでしたもの」
「馬具のこと?」
「ええ」
怪我のせいなのか。
それとも、命を狙われた直後だからなのか。
重ねられたその指先に視線を落とすと、微かに震えている。