第12章 Cadenza(カデンツァ)※一部、微裏・怪我表現あり
イルミは片手で手綱を持ちながら、もう片方の腕で荷物でも支えるかのように、落ちない程度にだけエレオノーラを支えている。
しばらく風と蹄の音だけが穏やかに続いていた。
やがてエレオノーラは草原を眺めたまま、小さく口を開いた。
「……先生の言う通りでしたわ」
イルミは少し遅れて聴き返す。
「何が」
「競争なんて、子供じみていました」
イルミは少しだけ眉を上げる。
「今更?」
「……だって」
エレオノーラはぼんやりと遠くの丘を見つめた。
「勝つとか負けるとか、そんなふうに駆け抜けてしまうの……勿体なかったのだと思って」
風が抜ける。
長い金髪がふわりと揺れ、夕陽を受けて淡く光った。
黄金色の草原。
ゆっくり流れる雲。
西へ傾きはじめた陽光。
世界が静かだった。
「……私」
ぽつりと呟く。
「こんなに美しい景色、初めて見たかもしれません」
イルミは前を向いたまま気のない声で答える。
「そう?」
「ええ」
「どこにでもある草っ原だけど」
あまりにも素っ気なくて、エレオノーラは思わず小さく笑った。
「本当に情緒がありませんのね」
「景色なんて別に毎日変わらないじゃん」
「変わります」
エレオノーラはそう言って、ふと空を見上げた。
風の匂い。
馬の体温。
橙色の陽の中を流れていく薄紫の雲。
そして背中越しに感じる、静かな鼓動。
「……誰と見るかで、全然違うもの」
その言葉に、イルミは何も答えなかった。
ただ黒馬だけが、草原をゆっくりと進んでいく。
夕暮れの風はもう冷たさを含みはじめていたが、不思議とエレオノーラは寒くなかった。