第11章 Second Theme(第二主題)
館を巡ったあと、ふたりはバルコニーへ出た。
雨を避けるように深い軒の下へ腰を落ち着ける。
山頂の冷たい空気とは違う。
海に近いこの土地の風は、潮の匂いを含んで僅かに湿っていた。
吹き抜けた風が、ライネルの髪をゆるく揺らす。
「ニナ、君は音楽が好きなんだろう?」
「……はい」
「セルディア家の楽器修理の話も聞いている。珍しい仕事だ」
「父は昔、音楽家だったそうです。今は母と二人で小さな楽器修理店をやっています」
ニナは小さく視線を落とす。
「でも、音楽だけでは生活が難しかったみたいで……兄も幼い頃は少し演奏していましたが、今は大学で法律を学んでいます」
「ご両親は賢明なご判断をされた。外からはなかなかわからないが、それでも厳しい世界のように思う。君はゾルディック家にいたから、僕よりずっと分かるんだろうが」
「……いえ」
ニナは小さく首を振った。
「実家は楽器修理でしたし、演奏家の方とも少し違っていて……。まして作曲なんて、すぐ近くにいても何をしているのか全然分からなくて」
「すぐ近く?」
ニナはハッとした。
いくら話しやすい相手とはいえ、公爵家当主代理との席だ。軽率だったかもしれない。
「……ゾルディックのご子息達の事です」
「なるほど」
ライネルはグラスの中の琥珀色をゆっくり傾けた。ブランデー特有の甘い香りが、潮風へ薄く溶けていく。
彼はそのまま液面へ視線を落とし、淡く笑った。
「随分と気になっていたようだね」
「いえ、そんな」
ニナは慌てて首を振る。
ライネルは返事を急がなかった。
「......ただ邪魔にならないようにしていただけです。皆さま忙しそうでしたし……私は養女の身ですので」
ライネルは琥珀色のブランデーへ視線を落としたまま、グラスの中で氷を静かに傾けた。
小さく、澄んだ音が鳴る。
「……そう」
穏やかな声だった。
だが、その短い返答だけ僅かに間があった。今聞いた言葉の奥を測るように。