第11章 Second Theme(第二主題)
ほどなくして侍女が飲み物を運んでくる。
トポトポ。
紅茶が注がれる柔らかな音が静かな室内に落ちる。白磁のティーカップがソーサーへ置かれ、澄んだ音が小さく響いた。
ニナがそちらへ目を向けると、ふわりと湯気が立ちのぼっている。柑橘にも似た柔らかな香りだった。
「口に合うといいが」
ライネルはそう言って、自分のカップへ先に口をつけた。
――毒見。貴族社会では珍しくもない動作だったが、それをこれ見よがしにしないところが妙に自然だった。
ニナは少し遅れてカップを持ち上げる。だが、緊張した指先が僅かに震え、スプーンがカチャ、と小さな音を立てた。
しまった、と思った。
が、ライネルは何も言わなかった。視線を向けることすらせず、窓の外へ軽く目をやったまま静かに紅茶を飲む。
「……」
気づかなかったことにしてくれたのだと、数秒遅れて理解する。
ニナはそっと息を吐いた。
「今日は雨が酷いな」
「……はい」
「馬車は揺れなかった?」
「少しだけ。でも、問題ありません」
「そうか」
会話は穏やかだった。
無理に踏み込まず、けれど沈黙が気まずくならない程度には言葉を置いてくれる。
ニナは少しだけ戸惑う。
もっと威圧的な相手を想像していた。
公爵家当主代理。政治にも商売にも長けた冷徹な人物だと聞いていたからだ。
けれど目の前の男は、少なくとも今のところは、穏やかな理性的な人物に見えた。
「君のことは以前から聞いている」
ライネルが不意に言う。
「ゾルディック家の一人娘で、料理も裁縫もかなり得意らしいな」
ニナの肩が小さく揺れた。
「……少しだけです」
「少し、という人間は大抵少しじゃない。屋敷のことも随分手伝っているそうだね」
「本当に、少し……」
ライネルは淡く笑った。
だが、その笑みは柔らかいのにどこか完成されすぎていた。
まるで最初から、相手が安心する角度まで計算されているような。