第11章 Second Theme(第二主題)
薄曇りの午後。
公爵家の迎賓館へ招かれたニナは、小さな控室へ通されていた。
「少々こちらでお待ちください」
案内役の侍女に告げられ重厚な扉が閉まる。
静かだった。
窓辺には淡い銀鼠色のカーテンが揺れ、床に雨を含んだ外光がぼんやり滲んでいる。室内には茶葉と古い木材の香りが薄ら漂っていた。
ニナは背筋を伸ばしたままソファへ浅く腰掛ける。膝の上で重ねた指先にじんわり汗が滲んでいた。
(……落ち着いて)
言い聞かせるように息を整える。
ゾルディック家へ来てから、貴族相手の場に同席したことは何度もある。キキョウ夫人の客人へ茶を出したこともあるし、挨拶をしたこともある。
けれど今日は違った。
相手は、自分の婚約者になるかもしれない人物だ。
しかも公爵家の次男にして当主代理――ライネル=ヴェルハイト。
ニナは視線を伏せた。
淡い青灰色のドレス。セルディア家にいた頃なら触れることも出来なかった上質な布地だった。キキョウが「ゾルディックの名に恥じないように整えなさい」と用意したものだ。
胸元へそっと触れる。
苦しいわけではない。けれど、綺麗に整えられるほど自分が自分ではない誰かになっていくようで落ち着かなかった。
廊下の向こうで足音が止まる。
ニナの肩が僅かに強張った。
侍女だろうか。それとも――
コン、コン。
規則正しいノックの後、扉が静かに開く。
「失礼。少し早かったかな」
低く落ち着いた男の声だった。