第10章 霧の屋敷の裏側
イルミは相変わらずおっとりとした顔をしていた。
明日は晴れるのか、はたまた雨でも降り出すのか――そんな他愛もない天気の話でもするような口調だった。
「だってさ。今までうちに来てから俺が何度も助けてやってるのに、その恩も忘れてへらへらしてるし」
「…………」
「この前だってめそめそしてたから助言してやったのに。俺の話をスルーして、のこのこ公爵家なんか行くつもりなら……もう壊すしかないでしょ」
「それはまずいだろ」
ミルキは顔をしかめたまま椅子へ深く座り直す。
「相手は貴族で、うちにとっても大事な取引先だ。下手に潰したら親父だって黙ってない」
「ふーん」
興味なさそうな返事をするイルミに、ミルキは苛立ったように机へ向き直る。
「わかったらそろそろ出てってくれよ。こっちは暇じゃ――」
「困ったな」
イルミがぽつりと呟く。
その声に、ミルキの手が止まった。ため息を落としながら振り返ると、イルミは本当に困ったように首を傾げていた。
「そうだ」
ポンッとイルミが手を打った。
「じゃあニナを殺そう」
「……!!」
ミルキは口を開けたまま顔を上げた。
「そんなこと許される訳――」
「バレないように殺ればいいでしょ」
イルミはけろりと言うと、長椅子の背に両手を付きしなやかに脚を組み替えた。
部屋の空気が急に冷えた気がした。
ミルキはしばらく無言のままイルミを見る。
演算エラーではない。
イルミの頭の中にあるロジックが垣間見えた瞬間、ミルキは想定したパズルを壊して組み替える。
そして、ひとつの答えに辿り着いた。
この兄は本気だ。
ニナを手放すくらいなら、本当に殺す。
「…….じゃあ、よろしくね」
イルミは顔色を変える弟を一瞥し、さらりと身を捻り部屋から出ていった。
「…………くそっ」
ミルキは低く舌打ちした。
そして乱暴に机の引き出しを開け、封蝋付きの文書箱へ手を伸ばす。
「最悪だ……」