第10章 10.
紫陽せんせー?と呼ぶ声に、水を汲んだバケツを置いて、厩舎の入り口に向かう。
「侑士?」
こちらを向いた愛馬の向こうに、驚いて固まっている侑士がいた。
「シルキッサ、あなたに驚いて固まっちゃったみたいよ」
ふふ、とおかしそうに笑った紫陽に顔を撫でられた白馬が、数歩後退し、ようやく侑士の瞬きが再開した。
「びっくりした」
「侑士、よくここがわかったわね」
厩舎には来たことがなかったでしょう、と言う紫陽の格好は、珍しくパンツスタイルで、ブーツを履いていた。
「紫陽せんせー探しよったら、葵はんがゆーきさん?ところやって教えてくれて、ゆーきさん聞いたらここやって...」
紫陽に撫でられていた白馬は、じいっ、と侑士を見つめている。
「そうだったのね。
シルキッサ、彼が侑士よ」
紫陽がそう言うと、シルキッサはしばらく侑士を見つめた。
「侑士、手を出して」
おずおずと差し出した手を紫陽に取られ、手を重ねてシルキッサの頬辺りに触れる。
「名前を呼んで、ゆっくり撫でてあげて」
そっと離された紫陽の手。
ちら、とそれを見たシルキッサは大人しくしている。
「シル、キッサ...?」
恐る恐る指先で毛並みを撫でると、鼻先を侑士の手に擦り付け、タタッ!と厩舎を駆け出して行った。
「あっ、」
「大丈夫よ」
草場を駆け抜けた先で振り返ったシルキッサは、高く嘶いて、森へと駆け込んで行った。
「ええの?」
「シルキッサは野馬よ。
この一帯の山を住処にしていて、時々、怪我をした人や山で迷った人を案内して来てくれるの
あなたのことに気づいたみたいで、誰なのか確かめたかったみたい」
「俺のこと、知ってるんや」
「馬は賢くて、個人をきちんと識別しているの。
最近ここに来た侑士のことを気にしていて、紹介すると言っていたのよ。無事に受け入れてくれたわ」
「そうなん?」
「多分、またあなたが名前を呼べば、どこからともなく駆けてくるわ。あなたを『友達』と認識したようだから。
厩舎にあなたが近づいてきたことを、いち早く察して迎え入れていたし、拒絶する人なら厩舎に来た時点で襲われてる」
そんなに気難しいやつには見えなかった、と見えなくなった姿を追った。
「彼は、侑士の友達よ」
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