第10章 10.
「せんせー?」
診察室を覗いた侑士。
しかし、主である紫陽はいなかった。
いない、と建物の中を探す。
「あの、紫陽せんせー、知らへん?」
調度品の掃除をしていた執事長の葵に聞く。
「紫陽様なら、外にいらっしゃいますよ。
庭師の遊木に聞かれたら、詳しく分かるかと」
「ゆーき、さん?」
「庭を回ってみてください。
侑士さんくらいの身長で、頭にタオルを巻いた男性がいます。庭師の遊木です。
紫陽の畑の手伝いもしているので、どこにいるか知っていると思います」
「ゆーきさんな。ありがとう」
「とんでもないことです」
靴を履き、ゆーきさん、ゆーきさん、と庭をキョロキョロしながら歩く。
「ゆーきさーん?」
おらんのかな?とゆーきさーん、と言いながら、『ポタジェ』と呼ばれる、野菜や果物と花が混在して植わっている庭の踏み木を歩く。
「ゆーきはーん?」
「誰だぁ?」
「うわぁあっ!」
鮮かな黄緑色の葉の間から、陽の光に当たってキラキラとして見えるレモンが覗いている木の下を通ると、ガサガサッ、と音がして、逆さまに人の顔が出てきた。
驚いて尻もちをついた侑士に、あ、お前、と言うと、くるっと体を回転させながら地に降り立った。
「例の少年か。
俺は庭師の遊木。はじめましてだな」
差し出された手に、侑士です、と言って捕まった。
「名前、似てんな。ゆーきとゆーし。
年も近そうだし...仲良くしようぜっ」
「あ、はい」
立ち上がった侑士より少し背の高い遊木。
「なんだ?俺になんか用か?」
「紫陽せんせー、どこおるか知りませんか?」
「紫陽様か?
紫陽様なら、シルキッサのところだ」
ほら、と彼が指さしたのは、ポタジェとガーデンの奥にある建物。
「シルキッサ...?」
「紫陽様の愛馬さ。
気難しい野郎で、紫陽様にしか懐いてねぇんだ
俺がにんじんをやったって、警戒して嗅ぎにもこねぇ」
頭のいいやつだよ、笑う遊木に、中で呼んでみな、と言われて、初めて厩舎と呼ばれる建物へと向かった侑士。
「紫陽せんせー?おる?」
大きな木の扉が空いていたところから顔を出すと、目の前に長いまつげの大きな目があった。
「え、」
ブルルッ、と震えた息が顔にかかった。