第8章 8.
「薬袋先生のご意見を伺いたくて...」
そう言って紅茶のカップに視線を落とした紫陽君に、難しい問題だね、とソファの背もたれに背を預けた。
「彼の、侑士君の素性は、本当にまったくわからないのかい?
顔つきや肌色は、我々とはそう乖離していないようだが、あの年頃で言語や識字を習得していないとなると、やはり記憶の喪失だけが原因か...」
「それだけでは、無いと思うんです」
「何か、ひっかかってるようだね」
亡友を思い出させる瞳で、紫陽君は何かを決心したような声で、言った。
「薬袋先生、私、今から夢戯言を言いますけれど、気はしっかりとしていますので、悪しからずお聞きください」
何事かと瞬いているうちに、紫陽君は席を立って何か持ってきた。
「これは?」
そう聞くも、彼女は何も言わず、珍しい柔らかい生地の鞄から物を出す。
本、ペンケース、小さな薄い手帳を数個、ハンカチ。
透明なポーチのようなもの、最後にコト、と音を立てて置かれたものは、黒い手鏡のようだった。
「これは、侑士を引き受けた市場から渡された彼の『私物』です」
「『私物』?」
『商品』だった彼の『私物』があるというのは珍しい。
持ち物はすべて奪われ、そのほとんどは「売人」が金銭に変えてしまう。
「金銭に変えられるようなものは、何も持っていなかったようなんです」
「財布は?」
「牛の皮のもので、それだけ『買い取れた』と。
しかし、中は異国のコインや紙幣で、調べた限り、現行で使用されている通貨では無かったようです」
そう言うと、革の小さな巾着に詰められた数枚の紙幣と小銭を机に出した。
「うーん、数字はあるが...
見たことの無い金貨や銀貨だな」
小銭を手に取ると、光に透かして見る。
ひとつひとつ、細かく見て、一番小さな硬貨に目を見張った。
「こりゃあ珍しい!
たぶん、アルミニウムだぞっ」
「アルミニウム?」
硬貨に?と紫陽も首を傾げる。
「これは...白銅だね。これとこれは銅のようだが...色味から、こちらは青銅でこちらは黄銅だろう。
コインをこんなに素材で作り分けるとは...」
「思い当たる国はありますか?」
しばらく考えてみたが、いいや、と首を振って、珍しいコインを眺めた。