第6章 6.
キュ、と開いた侑士の瞳孔に、その体を優しく抱きしめる。
「思い出さなくていいのよ。
私は、その記憶は、失ったままでもいいと思うの」
ギュッ、と抱きついてくる侑士の髪を撫でる。
「近い経験をしたり、共通するものを見たり、聞いたり、感じた時に、忘れていたその記憶が不意に引き戻されることはあるわ。
侑士の場合、それが『いい記憶』なのか『よくない記憶』なのか...
けれど、『感じたこと』は、忘れないで
いずれ、あなたの大切なものになるはずだから」
「大切な、もん...?
忘れてしもうたのに?」
「『忘れる』というのは、記憶するための余力を残すために行われていると考えられているわ。
そして、『自己防衛』のために、ヒトは忘れるの」
「ジコ、ボーエー」
そうよ、と頭を撫で続ける。
「自分自身を自分で守る、という意味よ。
侑士の場合『防衛』のための記憶喪失という可能性が高い。
あなたは頭がいいから、脳が、あなたを維持するために、記憶を奥深くに閉じ込めてしまった。けれど、思い出してきているということは、再び脳が必要と取り出そうとしてるんだと思うの」
「...それって、前の自分に、戻りたい、って、ことなんかな?」
おず、と見上げてくる侑士。
「そうかも知れないし、脳が処理する上で近しい記憶を掘り起こしただけかもしれない。
こればっかりは、私にもわからないわ。
人の考えを他人が勝手に見ることは、できないもの」
「そうか...」
背を抱き、頭を撫でていた手を離す。
「あ、」
顔をあげた侑士は、えっと、と口籠って紫陽の服の裾を掴んだ。
「なぁに?」
「ん...と、その...」
少し離れた紫陽の肩に頭を凭れた。
「抱き、しめて...くだ...さい...」
赤みが差した頬を擦り寄せ、早い瞬きを繰り返す目を伏せた。
「なんや、温かぁて...安心、する」
「侑士は、お母さんっ子だったのかもしれないわね」
お姉さんっ子だったかも、と微笑んで頭を撫でる紫陽を見上げる。
「紫陽はんみたいな美人やったならええな」
「侑士のお母様とお姉様なら美人よ。
お父様も、きっと美丈夫だわ」
「びじょーふ?」
「美しくて立派な男性、という意味」
撫でていた侑士の髪を耳にかけた紫陽を、じっと見つめた。
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