第6章 6.
「泣き虫さんだったの?」
「どうやろ?
泣いた記憶は、あらへん」
侑士の部屋で、そう、と紫陽。
「どんな声だった?」
「うーん、女ん人の声やったと思う。
二人、した、気が、する...」
「あなた、うちに来てすぐの時、寝言で言ったのよ。
『姉ちゃん、助けて』って」
「え?」
「『オトン、オカン』とも言っていたわ」
「『オトン』...『オカン』...」
「西の地方の言葉で、父親と母親を指す言葉よ。
その、頭の中で聞こえた声は、お母様とお姉様だったんじゃないかしら」
「うーん...?」
いまいち、ピンときていない様子の侑士。
「思い出すことは、怖い?」
紫陽の言葉を噛み締める。
「『うどん』を食べてみて、どうだった?」
「おいしい、て思うた。
なんで泣いたんかは、よぅわからん」
「ねえ、侑士。
あなた、記憶を取り戻したいと思う?」
侑士は、一瞬、わずかに開いた口を固く噤んだ。
膝の上で、落ち着きなく両手を動かす。
「『思い出したくない侑士』と『思い出してみたい侑士』が、いる?」
「紫陽先生は、頭ん中が見える人なん?」
隠し事、なんもでけへんやん、と笑う。
「医者は、患者の申告と身体から読み取る情報から、何が原因で、どこが悪いのかを調べるの。
例えば、『お腹が痛い』という申告からまず考えるのは、ぶつけたり、ケガをしたりしていないか。腫れや傷、痣なんかの表皮に見える症状が無い時は、痛む位置にある内臓や筋肉、神経の損傷など内部の可能性を考える。
舌や目、口内、排泄物に異常が無いかを見て、『異常が無い』としたら、次に考えるのは、脳が『痛い』と勘違いをしている可能性」
「脳が、勘違い...?」
そう、と頷いた紫陽。
「常に痛むわけじゃなくて、痛む条件がある場合があるの。
例えば、『雨の日』とか『車の音がした時』とか」
そう言うと、紫陽は侑士の手を握った。
「あなた、薄暗い所に入る時、一瞬、強く目を瞑るでしょう?」
「え?」
「気づいてなかった?
電気のついていない食物庫に入る時や、図書館の電気がついていない時、ギュッ、と。
あなた、ここに来る前、薄暗い部屋で嫌な思いをしたんじゃない?」
嫌な思い
薄暗い部屋
ドクリ、と跳ねた心臓に、ヒュッ、と喉が鳴った。