第4章 4.
✜
「紫陽せんせー」
朝食後。
食堂を出てすぐに、呼び止められた。
「侑士、どうしたの?」
「ミナ先生にもろんたん、使われへんくなってしもた」
「薬袋-みない-医師」を上手く言えない侑士は、彼に貰った万年筆を弄っている。
「貸してくれる?」
「ええよ」
「んー、インクが詰まったか、インク切れか...
ちょっと見てみましょう。
診察室に来てくれる?」
「え?紫陽せんせ、書くもんもみるん?」
なんでもみるんやね、と言われ、そうね、笑う。
「紫陽せんせは、『みんなの先生』なんやね」
「そうね。
人以外にも、時には畑や動物たちの状態、機械だって診るわ」
さて、と診察室の机に小さなバットを出して、コップ1杯の水とガーゼを用意する。
「見とってもええ?」
「いいわよ」
患者用の椅子に座った侑士。
内部の洗浄を始めると、水の中にゆらゆらとインクが溶け出てくる。
水の中で形を変えていく青いインクを、机に置いた腕に頬をつけて見る侑士。
「キレーやなぁ」
うっとりとした侑士の顔に微笑み、ペン先の洗浄をしている間に軸とキャップを拭く。
「出てこんくなった」
「中に溜まっていたインクが出きったのね」
ピンセットで取り出したペン先を拭き上げる。
「お掃除はこれで終わり。
これで、中がきれいになったわ」
ここがきれいになったでしょう?とコンバーターを侑士に渡す。
「ここに、このコンバーターを差し込んで」
「差し込む...」
「そう。
ここを持って、くるくるっと回してみて」
「ここを、くるくる...」
透明なコンバーターの中で、矢の先のようなものが動いた。
「今、動いたのがピストン。
それのこっち側をこの瓶の中に入れて」
「どんくらい?」
見上げて聞く侑士に頷く。
「ペン先の、ここ。
このような形を『ハート』と言うんだけど、この『ハート穴』まで入れる」
ここまで、と指差して確認し、トポ、とインク瓶につける。
「そのまま、今度はさっき回した所を反対方向に回す」
「ここを、さっきと反対...」
「ペン先がすべて浸かってしまわないように、気をつけてね」
はい、とペン先に視線を固めたままの真剣な瞳に、紫陽は静かに微笑んだ。
ペン先の余分なインクを拭き取って本体にセットした。