第4章 4.
「自分で自分を傷つけてはいけません」
「『自分で、自分を、傷つけては、いけません』」
「それは、心然り体然りです」
「『それは、』...こ、ころ、しかり?『体しかりです』」
「わかった?」
「『わかった?』」
私を真似て小首を傾げた侑士。
「違うわ、侑士。
繰り返すのは終わり。
『わかった?』の前に、私が言った、あなたが繰り返した言葉の意味は、理解できた?と聞きたいの」
「...ああ、うん。わこうてる」
手当てした指先を気にしながら侑士は、えっとー、と言った。
「体を切ったり、叩いたりするんは、もうしたらあかんのよな。
あとー、書くもんが欲しい時は、手ぇ切るんやのぉて、これ、使たらええんやね」
そう言って、薬袋さんが侑士に渡した万年筆を出した。
「それは、万年筆と言って、書くことができるもの。
一度書くと、別の道具を使わないと消せない。
長く消えて欲しくない文章なんかを書く時に使うの」
「たとえば?」
「あら、素敵な言葉を覚えたわね。
そうね、私だったら...そう。この『カルテ』や『日記』に使うわ」
デスクにあったそれらを見せる。
「あと、何度も書き直したい時は鉛筆を使う」
引き出しからそれを取り出して、万年筆の横に置いた。
「どちらも『顔料』と呼ばれるもので作られているけれど、万年筆は水で溶いて『インク』という状態にしたものを使っている。
鉛筆は、水を使わずに、細かく砕いた粉を固く固めたもの。鉛筆は、特殊な『ゴム』を使うことで、容易に消すことができるという特性があるわ」
「内緒話するんやったら鉛筆やな」
消せるんやもんね、と言う侑士に、そうね、と微笑む。
「これは、侑士の」
削りたての鉛筆、消しゴム、ノートを机の上に置く。
「貸してください」
そう言って子どもがするように両手を差し出すと、侑士は自分が持つ万年筆と私の手を見比べ、渡した。
借りた万年筆で、ノートの表紙には『侑士』と書き、鉛筆やボールペン、消しゴムにも『侑士』と書く。
「みんな、同じ物を持っているから、誰のものかわかるように名前を書くの。
これは、侑士のもの。
はい、ありがとう」
きちんとキャップを閉めて差し出した万年筆を、受け取る侑士。
「『どういたしまして』」
「せや。
どういたしまして」
軽く頭を下げた侑士にそう、と頷いた。