第19章 19.
✜
「ドクター」
昼食後、そろそろ子どもたちはおやつの時間だろうという頃。
「どうしました?」
白衣や聴診器を渡したことで、紫陽の中では、侑士は「子ども」では無く、「おとな」で館の仲間の一人になった。
「どうぞ」
機嫌良さそうに、彼がデスクの脇に置いた木のトレーには、グラスの上で丸く鎮座する、オレンジの粒と香りがさわやかな白いもの。
「まあ!」
「空木はんから『袖の下です』やそうです」
「空木さんったら!」
クスクスと笑い、どうぞ、と侑士が差し出してくれたスプーンを受け取る。
「アンリには、ヨーグルト使ぅてへんオレンジゼリーを作っとるそうです。
残りのアロエはシロップ漬けにして、明日、おやつに使ういうてはりました」
「相変わらず空木さんのレシピは聞くだけでお腹が空いちゃうわ」
「わかります。やから...」
オレンジヨーグルトが半分残るグラスとスプーンを置くと、席を立った侑士。
戻ってきた侑士が手にしていたのは、透明なグラス。
「皮むきを手伝ぅたお礼やそうです」
「アンリ用の?」
そうです、と剥き身のオレンジが埋まる透明なゼリーのグラスが並ぶ。
「ドクターに毒味を、と」
「やだ、役得」
いいのかしら、と嬉しそうな紫陽の笑顔。
「お茶、淹れてきます」
「ありがとうございます」
診療所の角にある食器棚から紫陽のティーカップと、食堂から診療所の食器棚に移った自身のマグを取り出す。
ポタジェにあるチャノキから摘んだ新芽で作った紅茶を紫陽のティーカップに注ぐ。
明るい赤の水面を揺らさぬよう、カップを運ぶ。
「どうぞ」
「いただきます」
いつもは紫陽が淹れてくれる紅茶。
本を読み出すと時間を忘れがちな侑士に、紫陽は「2時間経ちますよ」と、デスクに温かな紅茶を置いて、休憩を促す。
「あら。ゼリー、侑士先生には?」
侑士のデスクにあるのは、アイスグラスとティーカップが一つ。
「アンリ用と、確認用にドクターに食べてもらう分だけ作っとるんで」
アイスを一口食べ、デスクに開かれている本に向き直る。
明け放たれた窓から吹き込んだ風が、結いきれていない侑士の髪をふわりと舞い上げた。
それをス、と指で耳にかけた。
紫陽のデスクで、グラスのアイスが、溶けた。
✜