第19章 19.
ある日。
その日は朝から弱く雨が降っていた。
先ほど、いつもの腰痛の薬をもらいに来た老婆を見送り、紫陽から医学の講義を受けていた侑士は、受付に人影を見た。
無人の受付に、慣れた人なら「ごめんください」や「紫陽ちゃん、いるー?」と中に向かって声を掛けてくる。
先ほどから、中を覗き見ている姿に、声を掛けた。
「どないかしはりました?」
白衣で診察室から出てきた侑士に気づくと、え?と身構えたのは侑士と変わらない年頃の女性。
「えっと...あの、ここ、女医さんがいるんじゃ...?」
「ジョイ...?」
ジョイとは...?と首を傾げる侑士を怪訝そうに見ると、結構です、と後ずさった。
「侑士先生?」
どうしたの?と巡回診察に行く支度をした紫陽が待合室に顔を出した。
「あら、どうかされました?」
見覚えのない彼女に、そう問いかけた紫陽。
「え、っと...その...」
チラチラと侑士を見つつ、黙り込んだ彼女。
「侑士先生、今日の巡回の時間、少しずらしましょう」
「あ、はい」
「彼女の診察が終わってからで。
もし、問い合わせかあったら、いつもより少し遅れます、と伝えてください」
「わかりました」
窓口お願いします、と白衣を羽織り直し、診察室へと入った紫陽。
そこに立ったままの彼女に、どうぞ、と侑士が太陽の診察室を勧めると、はい、と早足に診察室へと入って行った。
よく病院に来る人、市場で商売をしている人などとは顔見知りになり、名前と顔が一致する人も増えてきたが、侑士は彼女に見覚えが無かった。
(女ん子やったし、紫陽せんせーの方がええやろ)
待っとこ、と受付に座り、最近読み込んでいる循環器についての医学書をパララ、と開いた。
静かな時間が少し過ぎた頃。
「だって、だってっ!」
少女の叫び声と、ガタン、と椅子が倒れた音もして、なんや?と扉が閉まった太陽の診察室を見た。
「待って!」
「同じ女のくせにっ来るんじゃなかった!」
バンッ!と開かれた扉。
「彼になんて言えばいいのよっ
もしも彼とも私とも違う色の子だったら、どうしろっていうのよっ」
「だからって簡単にできる処置じゃないのよっ」
「もういいわよっ」
何事かと見ていた侑士に気づいた彼女は、ふん!と顔を背けて出て行った。