第19章 19.
向かいで、ぶすっとした顔で腕を組む壮年過ぎの男性。
彼の症状と今後の治療に関しての説明を終えた侑士は、えっと、と彼の隣りに座る配偶者に視線を移した。
「食事に関してですけど、そこまで厳しく見る必要は無いですが、ご年齢を考えると、飲酒には気をつけはってください」
「そうですよねぇ、そうなんですけど」
ちら、と彼女が見た夫は、侑士に難しい顔を向けた。
「俺はな、15から毎晩、酒を欠かしたことは無いっ
紫陽ちゃんが言うから仕方なく血の検査をしたんだっ
ちょっと仕事中に頭が痛かっただけだってのに...」
せやけど、とカルテを捲る侑士。
「仕事中にのたうち回るくらいの頭痛やなんて、そうそうあること、ちゃいますよ?」
「二日酔いでもしてたんだよっ」
「その御年で二日酔いしはるまで飲まはったんなら、アルコール中毒、疑いますけど...」
適正飲酒言う言葉は知ってはりますか?と、侑士は目を細めた。
「うるせぇっ!若造がっ」
「その若造にとやかく言われた無いんやったら、自制しはってください。
でけへんからこうして嫁はんに手ぇ引かれて医者にかかっとるんでしょうが」
「うぐっ」
侑士の言う通り、妻に手を引かれてやってきた彼は、それはっそれは...と口籠った。
「侑士先生、もっと言ってやってくださいっ」
さあさあっ!と言う妻に、デスクの医学書のあるページを開いて机に置く侑士。
「これ、人ん脳味噌です。頭ん中の臓器」
「ん?」
侑士が指さす本を見る2人。
「こっちは正常な形。
こっちは、慢性アルコール中毒患者、酒飲みすぎて、アルコールが体内から消えるとあかんようになってしもうた人の脳味噌」
「え、ち、小さい...?」
「そうです。
脳が小さなるいう事は、何を意味するか、わからはりますか?」
「どう、なるんでしょうか...」
「小さなる言うことは、それだけ機能も落ちる。
脳は、身体すべての機能を司る器官です。これまで通りの判断力は勿論無くなり、さらに悪化すれば、記憶に障害を起こし、加齢も伴って認知能力が落ちます。
明日、目が覚めて横で寝る嫁はんに『アンタ、誰や?』と言い出しても、何もおかしない。さらに言えば、自分は誰や?と名前さえ忘れる事もある」
淡々と告げる侑士に、夫は妻に握られていた手を、強く、握り返した。
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