第16章 16.
「紫陽先生」
「レイ、カレン」
侑士が来て少し経った頃から、衝突することがなくなったどころか、気付けばいつも一緒にいる2人が診療所にやってきた。
あの、その、と口籠るカレンに、レイが前に出た。
「侑士、どこに行っちゃったの?」
「...」
突然現れ、突然に姿を消した『家族』を心配している様子に、紫陽は微笑んだ。
「今、侑士は『治療中』よ」
「けがをしたの?」
「...そうね。
見えない所に、ひどい傷を負ってる」
「先生っ治せるよねっ!?
侑士、またここに帰ってくるよね!?」
「そうできるように頑張ってる」
「よかったっ!」
笑ったカレンに、レイが安心したようにその肩を抱いた。
(侑士、あなたを待っている人がいるよ...)
曖昧だったスラムでの記憶が少し戻り始めている侑士は、馬鹿なことをした、と自嘲したが、薬を手に入れた経緯は何一つ教えてくれない。
「拾うたんや」
「どうして、それが『吸う』ものだとわかったの?」
「...通りすがりのおっちゃんが、火、つけてくれた」
「『吸ってみろ』と、言われたの?」
「いや...そばにおった兄ちゃんが、おんなじようなん咥えてはったから、真似しただけや」
「一緒にいた、女の子は?」
「女ん子...?え?おった?」
(あの子は、それで生きている人たちがいることも、理解している...)
だから、『誰かにもらった』『教えられた』とは言わないし、ああ言っていたが、一緒にいた女の子のことも覚えているはずだ。
忘れた方が都合がいい、と侑士は理解していた。
彼かそれを後悔しているのであれば、それでいいと思っている。
ただ、一つ。
懸念するのは、侑士の頭の良さ。
(本当は中毒症状があるのを隠してるなんてこと...)
無い、とは言えない。
アレの中毒になった人を嫌と言うほど見てきた。
重症であるほど、最初は平然としているのだ。
徐々に、少しずつ身体に染み付いたその成分が薄れ、ある所を切った途端に、激しい禁断症状を起こす。
彼にとって、きっと一番大切な記憶を失っている彼に、こんな事を願うのは酷なのかもしれない。
(そのまま、彼の中から消え去って...)
失ったほうが幸せだなんて、なんて残酷なんだろうか。
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