第16章 16.
「いーやーだー!」
「言う事を聞きなさいっ」
「いややぁっ」
子どものように、いやだ、いやだ、と言う侑士を引き摺って車に押し込むように乗せる。
「離してっ助けてぇ!
こん人、人攫いやぁ!」
誰かぁ!と外に向かって叫ぶ侑士に、ここを行く人は一滴たりと興味を示していない。
それが日常。見慣れた事だった。
「グスッまた犯される...
いややぁ...殺して...」
フラッシュバックを起こしている侑士に、ハンドルを強く握り、唇を噛んで涙を堪える。
歪みそうな視界を何度も指先で拭い、いつもは車で入ることはない森の奥へと向かう。
サイドミラーで枝葉を払いながら走ると、暗闇に、隣を駆ける姿が見えた。
わずかに窓を開け、速度を緩めて車を止める。
「ごめんなさい、シルキッサ
子どもたちがいるから、帰れないのよ」
後部座席で蹲り、グズグズと泣いている侑士を振り返る。
飛び出す恐れはないだろう、と開けた窓から頭を突っ込んできたシルキッサは、鼻先を侑士の頭に擦り付けた。
「っぐす、え、馬...?」
顔を寄せて見つめるシルキッサに気付いた侑士を、ルームミラー越しに確認する。
侑士の髪を食んだり、頬に鼻先を擦り寄せたりするシルキッサを恐る恐る撫でた侑士の瞳が、暗闇の森の中ではっきりと光を取り戻した。
「シルキッサ...
え?なして、俺...」
ここ、と館に来て以来の車を見渡す侑士。
「せ、んせ...」
気まずそうに俯く侑士。
「シルキッサ」
紫陽に名前を呼ばれたシルキッサは、車から数歩離れると、タッと駆け出した。
「あ、」
名残惜しそうにその姿を目で追う侑士を乗せたまま、ゆっくりと車を走らせる。
シルキッサを追うようにゆっくりと走る車窓から顔を出し、侑士は白く明け始めた空を見上げた。
再び少し整備された短い道を抜けると、小屋のような小さな家が開けた場所にひっそりと建っていた。
家の周りにはたくさんの果樹が、鈴なりの実をぶら下げていて、微かに甘い香りを漂わせていた。
煙突のあるレンガ造りの小屋の近くに車を止めた紫陽が後部座席の扉を開けた。
おいで、と微笑まれ、恐る恐る車から降りると、眩しい光に目を開けられなかった。
「こっちよ。ゆっくりね」
手を引かれながら入った小屋は、薪の独特の香りが充満していた。
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