第16章 16.
酒と、タバコと、香水と、薬草が入り混じった匂いが立ち込めている。
診療所の消毒液の匂いが好きだと言っていた侑士にはキツイのではないか、と腕で鼻を覆いながら辺りに目を凝らす。
微かに麻薬の匂いが混ざる香の煙で霞む街に目を凝らし、闇に紛れやすい侑士の濃紺の髪色に似た人影を見るたびに小走りになる。
「侑士っ」
「なぁに、お姉さん?」
振り返った長髪の男と腕を組む真っ赤な口紅の彼女に、ごめんなさい、と謝る。
「人違いだったわ」
「なんだそりぁ」
「いいじゃないの。気にしないで」
ニッコリと彼女は笑い、手を振って行った。
(さすがにいないか)
別の場所を探そうとした時だった。
細い路地から出てきた人影。
少し紅が掠れた唇を微笑みを携えた女に、ピタリと体をつけられている男。
細身の背中。
長い、青みがある髪。
このあたりでは、珍しいほどに真っ白なシャツ。
「侑士っ!」
僅かにこちらを向いた。
吸いかけの煙草を銜えた口元が僅かに動いたが、行こ、と連れ合いの彼女の肩を抱いて顔を背けた。
「待ちなさいっ!」
見上げる彼女と早足に去ろうとする侑士の腕を掴むと、触るなっ!と振り払われた。
脚元に落ちた煙草の火種が散る。
「ゆう、」
「人違いです」
「私があなたを間違えるわけが無い」
「俺はあなたを知らないっ!」
睨みつけられた目元に、ハッ、とした。
「あなた...何を口にしたのっ!?」
顔を背けた侑士の襟元を掴み、こっちを見なさい!と引き寄せる。
「っ触るなっ!」
「私の目を見てっ!
私が誰かわかるっ!?」
眉を顰めて首を傾げる侑士の瞳が収まる瞼をぐい、と捲る。
触るな、と言う割には顔を背けるだけで手を振り払ったりしない。
通りの脇で立っていた女は、そのやりとりを見て小走りに去っていった。
侑士の唇の縁に、白い粉のようなものが僅かについていて足元に落ちたそれを拾い上げて匂いを手で煽って嗅ぐ。
(マリファナ...っ)
気怠そうに建物の壁に寄りかかる侑士に駆け寄った。
「これを吸ったの?」
目を合わせない彼のズボンのポケットを探ると、市販の煙草箱。
中を開けると、唇を噛んで目を閉じる。
「どこで手に入れたの?」
「...もろた、だけや」
ズル、と座り込んだ侑士は、膝を抱いて顔を埋めた。
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