第15章 15.
「メスを向けたのはよくなかったわねぇ」
あれじゃ脅しになっちゃう、と、床に散らばった医療器具を拾い集める紫陽。
それを手伝おうとした侑士は「気持ちが不安定な時に医療器具を触らないで」と紫陽に止められ、診察用の寝台で足をぶらつかせる。
毅然とした紫陽に、ちゃんと教育と管理をしてっ!と言い捨て、ひのはの手を引いて帰っていった母親。
「す...侑士」
名前を呼んだ彼女。
紫陽の後ろに立っていた侑士は、最後までひのはを一目として見ようとしなかった。
「せんせーのこと、あんなん言うから、腹立って...」
ん、と顰めた顔を、抱えた膝に埋める侑士の隣に座り、背を撫でる紫陽。
「あなたは、本当にやさしいのね」
「せんせ、」
いじけた子どものように、侑士は紫陽の肩に顔を埋めた。
「俺、せんせが好きやで」
ゆっくりと開いた瞳で、紫陽を見上げた。
「ありがとう」
そう言って、伸ばされた紫陽の手を取る。
温かい手の感触を確かめ、そ、と唇を寄せた。
「侑士」
諭すような声を無視し、掌に唇を押し付けた。
「侑士、やめて」
「っ」
ズキ、と痛んだ胸に、離れようとした彼女の手を、強く、握った。
「離して」
いやだ、と首を横に振って、彼女を抱き寄せようと腕を伸ばした。
立ち上がって距離を取った紫陽を見上げた。
「せん...」
いつものように呼ぼうとした唇を噛む。
「紫陽...」
「Dr.か、先生か、敬称を付けて」
「紫陽っ」
「...侑士さん、」
「っ」
紫陽は、子どもたちのことはいつも名前だけで呼ぶ。
大人にはさん付けをする。
『あなたは子どもでない』『他の大人と変わらない』という表現に俯いた。
「あなたはまだ、知らないことがたくさんある。
医学だけじゃない。世界の摂理や自身の感情。
あなたの思うことすべてが正しいとは限らない。
時に、人は、自身を勘違いもするわ」
そう言った紫陽を、キッと睨んだ侑士。
「他人の想いをっ、俺の心をっ、勝手に決めつけんとって!」
込み上げるしゃくりを飲み下し、ほっといてくれ、と診療所を飛び出した。
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