第27章 【脹相】へる日々
夜。
約束通り、脹相は厨房を訪れていた。
八重は夕食の食器を洗っていたが、脹相が来たのに気がつくと手を止めた。
「あぁ脹相、お疲れ様です。こんなに早く来ていただいてありがとうございます」
手を拭きながら微笑む八重に逆に脹相の顔には力がこもった。
「味見をすればまた洗い物が出るだろう」
それだけ言えばあとは八重がちゃんとその後を解釈してくれる。
「そこまで考えていただいてありがとうございます。今準備しますね」
八重は冷蔵庫から白い円形のものを出してきた。
シンプルにクリームがナッペされたケーキだった。
「本当でしたらもう少し飾り付けも練習したいのですが、今日のところは味見ということで簡単なものにしてみました」
『簡単』と八重は言うが、クリームを均一に塗るだけでもかなり技術を要する難しいものなのではないかと思われた。
そんなケーキに八重は何の躊躇いもなくナイフを入れた。
「一般的にこのようなケーキには苺が使われるらしいのてすが、旬ではありませんし、今現在世間も乱れていますから手に入るかどうか…代わりに缶詰の果物を挟んでみました」
切り取った一切れのケーキが乗った皿が差し出された。
受け取ってしばらく視線を皿のケーキに注ぐ。
切られた断面も綺麗で、中にはクリームと一緒に黄色の果物が挟んであった。
脹相は器の記憶でケーキ自体は知っている。
しかし、実際に食べるのは初めてであった。
そんな自分が味見という大役をこなせるのかと言われれば甚だ疑問ではあるが、それでも八重が作ったケーキをいの一番に食べられのは役得であるとも言える。
「さぁ、どうぞ召し上がってください」
受け取ってもケーキを眺めるだけの脹相に痺れを切らしたのか八重がそう促してくる。
脹相はフォークを握り直すと意を決してケーキに突き立てた。
ケーキは儚く、呆気ないほどに一口大に切り取れてしまった。
そのままそれを口に運ぶ。
八重はその様子を胸の前で手を組んで、期待と少しの不安を込めた瞳で見つめている。
正直、かなり食べづらい。
それでもケーキを口に入れれば、咀嚼などいらないくらい柔らかく解けていくようで。
ケーキを食べたことのない脹相であるが、今口にしているこれはかなり美味しい部類のものだとわかる。