第27章 【脹相】へる日々
「これはずっと見張っていなければいけないのか?」
オーブンの前から動こうとしない八重と並び、自らもオーブンの中を眺める脹相は尋ねた。
「いいえ、焼くのは“おーぶん”にお任せです。いつもは片付けをしたりするのですが…今日は絶対成功するはずなので膨らむ様を見ていたいのです」
脹相も一緒になってオーブンの中のケーキ型を見ていたはずなのに、いつしか焦点はオーブンのガラスの扉に映る八重に合っていた。
オレンジ色の暖かな光に照らされて、穏やかな表情の八重を見つめる。
しばらく流れる沈黙。
それを脹相が不意に破った。
「お前の誕生日はいつなんだ?」
こんなに人の誕生日に一生懸命になれる人間だ。
きっと自分の誕生日も母が自分を産んてくれた日として大切にしているのではないか、ただ単純にそう思った。
そして、今後、その日が来たなら「おめでとう」くらい言ってやったってバチは当たらないだろうとも。
「……もう昔のことですから…忘れてしまいました…」
ガラスに映る八重の口角は上がった。
しかし、その瞳は少しだけ切なさを帯びた。
脹相はハッとさせられた。
気づいてしまった。
いや、思い出してしまった。
八重は自分の誕生日を忘れたのではない。
九相図に寿命を分け与えた際の代償、「自らの起源の喪失」。
八重は自分の誕生日を失ったのだと。
それを脹相に気取らせないよう忘れたなどと取り繕ったのだと。
「……俺も自分の誕生日など知らない。産まれた日など知らなくても生きていける」
脹相も自分の誕生した日など知らない。
そもそも堕胎させられた自分が母体から出された日を誕生日などと言うのかも疑わしい。
誕生を祝われる存在などとおこがましい。
「それでも、この世に生を受けたことを祝う日は欲しいです」
脹相の思考を読んだかのように八重はきっぱりと言い切った。
そして、オーブンに向いていた顔を脹相の方へ向けた。
脹相も八重を見た。
「脹相。お誕生日を決めませんか?」
真面目な顔でそんなことを言う。