第27章 【脹相】へる日々
「脹相…少しよろしいでしょうか?」
そんな脹相の様子を見ていた八重がおずおずと声をかけた。
脹相の気持ちは嬉しいので見守ろうと考えていたようだが、このままではボウルの中身が泡立つ前になくなってしまうと思ったのかもしれない。
泡だて器を握る脹相の手にそっと自分の手を添えると優しく泡だて器を抜き取った。
力強く握りしめていたはずの泡だて器を易々と取り上げられたのは他でもなく八重の手の温もりを感じてヒクリと手が揺れたからだった。
もちろんいつもならこんなことはない。
きっと思った通りに泡立てが上手くいかなかった動揺があったからだろうと脹相は思った。
「泡だて器の柄は握りしめずにこのように軽く持っていただいて…」
そんな脹相の動揺など知らぬ八重は尚も脹相の手を取り、改めて泡だて器を握らせる。
そして、脹相の手に手を重ねたままゆっくりと動かす。
「混ぜる時は腕の力ではなく、手首の動きで混ぜます。混ぜる時はボウルの中で8の字を書くと良いそうです。あぁ、あと…失礼します」
そう言うと八重は泡だて器を握らせた脹相の手に手は当てたままの状態で、ボウルを持つ手の方にも手を伸ばしてきた。
随分体格の違う二人がこれをするとどういう状況になるかというと腕が絡むように交差してかなり密着する形になる。
意図せず腕に力がこもる。
「ボウルはこのくらい傾けていただいて…脹相?」
ボウルを傾けようとしたが力が入って上手く動かない脹相の手に八重は不思議そうに見上げてくる。
その視線とは目を合わせずボウルを見ながら無理矢理手を動かす。
「このくらいか…?」
ギギギとぎこちなくボウルを傾ける。
「はい、このくらいで」
ボウルが傾いたところで泡だて器の方の手をゆっくり8の字に動かす。
「このようにかき混ぜていただければと思います」
何回か8の字を書いたところで
「…わかった。手を退けろ。やってみる」
脹相が静かに言えば、八重は「はい、お願いします」と何事もなかったように手を引いた。
ようやく自由になって手に一度息をつくと、今しがた八重に教わったことを忠実に再現した。
最初にやった時よりも格段にやりやすい。
一定のリズムを刻むことができ、耳障りな金属音もしない。
これならしばらくは続けていられそうであった。