第27章 【脹相】へる日々
「脹相さん、いらっしゃいますか?」
呼びかけと共に伊地知が食堂に入って来た。
それに気付いた脹相は厨房の入り口から顔を覗かせた。
「あぁ、いらっしゃいましたか。遅くなり申し訳ありませんでした。取り急ぎ手に入る物をお持ちしました」
「あぁ、こっちも今出来上がったところだ」
そう言ってスープジャーを大切そうに手で包み厨房から出てきた。
表情はどこか満足気である。
「何を作ったのですか?」
「生姜のスープだ」
「それは温まりそうですね。しかし、こんな短時間で作ってしまわれるなんて、脹相さんは本当に器用でいらっしゃる」
「まぁ、いつも見ているからな」
脹相も褒められて悪い気はしないようで口角を少しだけ上げてフッと笑った。
そんな脹相に伊地知も心が温まる思いを抱きながら、「さぁ、では温かいうちに八重さんに持っていってあげてください」と自分が準備した物が入った紙袋を脹相に差し出した。
袋の中にはドッサリといろいろな物が入っている。
それを見ただけでも伊地知が尽力してくれたことがわかった脹相は表情を和らげた。
「伊地知、苦労をかけたな。これで八重もきっと楽になるだろう。助かった」
そんな言葉を投げかけられれば伊地知はしばらく動きを止めたかと思えば急に眼鏡を外し目頭を押さえた。
「どうした?」
「いえ、こんなにまっすぐ人から感謝されるのは久しぶりで…」
普段は補助監督として運転業務から始まり多岐にわたる仕事をこなし、それ以外にも様々な雑用を押し付けられ(主に五条から)、それが当たり前の日々を送っている伊地知にとって、八重の為にと行動しそして感謝も忘れない脹相はもはや聖人君子のように神々しく見えた。
そんなこととは知らない脹相であったが、何かそれなりのものを伊地知も抱えているのだろうことだけ汲み取って、「お前も苦労しているのだな」と声をかければ遂にはハンカチまで取り出す始末だった。
「なんと温かいお言葉を…。ささ、私にはお構いなく八重さんのところへ行ってあげてください」
止まらぬ涙が恥ずかしいのか、早々に送り出そうとする伊地知に背中を押されて脹相は紙袋を手に八重の部屋へと向かって行った。