第27章 【脹相】へる日々
虎杖の姿が厨房から見えなくなると、脹相は静かになった厨房を見渡した。
そして、八重がいつも立つ場所で目を止める。
そこには誰もいないのに八重の背中が目に浮かぶ。
その背中へと歩み寄ると何も置かれていない作業台を一度だけ撫でた。
(さてまずは調理用具を出すか…)
鍋は先程出したので、まな板と包丁を出してその上に虎杖から託された生姜を置く。
(これが生姜か…確かに八重も料理に使っていたな。どんなふうに使っていたか…は見ていなかったか?)
そう思い返してみれば料理をする八重は見ていたが、手元がどうであったかまでは記憶にない。
(生姜…なんて不揃いな形なんだ…これは皮を剥くのか?)
玉ねぎやじゃがいものような球体であれば容易に皮は剥けるのだろうが、ボコボコとコブが重なり合ったような不規則な形の生姜はどこから手を付けていけばいいかわからない。
(いや、野菜は皮の近くに栄養があると聞いたことがある。剥かない方がいいのだろう)
皮は剥かないことにしてとりあえず水でよく洗ってまな板の上に置いた。
(さて、どのくらいの大きさに切るものだ?)
いつもの八重の料理を思い浮かべる。
(生姜自体を食べる料理は出てこなかった。生姜は隠し味ということか…ということは小さく切ればいいのか)
脹相は包丁を握ると軽く肘を曲げ、そのまま生姜めがけて包丁を振り下ろした。
ダンッと音を立てて生姜は両断され、片方の生姜はまな板の外まで飛んでいった。
(違うな…八重がやる時はこんな音はしなかった。物を切るのに力はそれほどいらないのか…では)
今度は包丁は生姜に当てたまま少しの力で包丁を押す。
トンッと軽い音を立てて生姜は切れた。
切ったものも飛んでいかなかった。
(ふむ…これだな)
要領を得た脹相は同じように手を動かす。
八重ほどリズミカルにとはいかないまでも均一な大きさに切れていく。
そうして時間をかけて細かいみじん切りとなった生姜を水と一緒に鍋に入れて火にかけた。
次に問題となるのは煮込み時間。
(しっかり煮込んだ方が味が出るのだろうな)
そうして脹相はコトコトと音を立てて鍋の中を舞う生姜の粒たちを小一時間眺めていたのだった。