第26章 【五条】永遠のコ
そんな僕の質問に微笑むのをやめて少しだけ考えると困ったような顔をした。
「どうしてアキレスさんは亀を追いかけていたのでしょうか?」
え?そこ?
一拍遅れて僕は吹き出しそうになる呼吸を口に手を当てて堪えた。
「ちょっ…なんで…そこ…?」
腹を抱えて震える声をちゃんと聞こえるレベルまで整えて出してもこうなった。
それをすごく不思議そうな顔で眺める八重。
呼吸を整えてから
「どうしてそう思っちゃったかな?」
ようやく訊けた。
「初めはアキレスさんが亀にたどり着けないのは切ないな、と思ったんです」
「うん」
「でも、もしアキレスさんが亀を食べるために追いかけていたなら亀にとっては好都合なのかもしれない、と思いました」
「うん」
「だから、理由がわからないと何とも言えないかな…と」
教えを請う者として僕の目を覗いてくる。
でもさ、哲学の思考実験とか数学の分野において登場人物の感情まで勘定にいれて(ギャグじゃないよ?)考えるっていう思考がまずぶっとんでるんだよなー。
『アキレスと亀』の仕組自体はわかってるだけにタチが悪い。
けど、それが八重なんだよな。
「はは、ホント、八重って変わってるよねー」
「え、っと…それは…」
「じゃあさ、周りに無下限を作る僕の術式はどう思う?寂しい?切ない?」
ちょっとイジワルな質問だったかもしれない。
けど、アキレスと亀の気持ちまで考えちゃうコが、僕をどう思うのかが知りたくなった。
八重はキョトンとして僕を見つめ返してくる。
さぁ八重、どう返す?
僕は笑顔で八重の回答を待っていた。
そしたら、それに返すように八重は微笑んだ。
そして、口を開く。
「五条さんは寂しくなんてありません。だって…」
言いながら僕の手を取って、まるで大切な物のように両手で包んだ。
「五条さんには届きます。ここにいます」
こういうところ。
何にも考えないでこういうこと普通にするんだよな、八重って。
他人の体温で温まる手を見て、そこから八重の腕を登るように視線を走らせて八重の顔を見れば、いつも皆に見せてるあの笑顔。
僕は「こんなことできるの、八重だけだから」って言葉を飲み込んで、
「ふーん。そっか」
で会話を終わらせた。