第25章 いとほし日々[後編]
「ねー八重?僕さ、君の“特別”になりたいんだけど、ダメ?」
遂に額と額は触れ合った。
今度は鼻と鼻が触れそうな距離。
五条の瞳を見たくとも近すぎて焦点は合わなかった。
「僕じゃ不満?」
甘さと不安を挑発っぽくして隠したような声。
「いえ、不満とかではなく…私の中ではもう十分特別ですけど…」
「そんなの、特別におやつ作ってあげるー、とかでしょ?」
「それではダメですか?」
「まー、悪くはないけど」
再び溜息。
「でも違うんだよなー」
「すみません、理解が及ばず…」
八重は困ったようにそういえば、
「じゃあさ」
五条は額を離すと再び八重と目を合わせてきた。
「八重には“特別”な人はいない?」
まっすぐな瞳が今度は八重の中を覗いている。
その瞳から、その言葉から、逃げることなど出来なくて、
「とく…べつ…」
反芻した先に頭に浮かんだのは、やはり脹相だった。
八重の心が甘く疼き、それが五条に伝わってしまうのではないかと反射的に視線を逸らした。
しかし、五条にはそれで十分だった。
ニヤリと口角を上げると、
「今、誰思い浮かべた?」
「いえ、それは…」
面白いおもちゃを見つけた子供のように笑う五条は八重から身体を離すと「ふーん。そっかー。八重の特別ねー」とイタズラっぽく言いながら先程いた机までゆっくり戻り、再び腰掛けた。
「あの、そんな、特別とかでは……依怙贔屓とかはしていませんし……」
八重としては皆と同じように接している。
接することができているはずだ。
ただ心の中にいるだけで、ただいつでも気配を探してしまうだけで。
それだけなのだ。
「ふーん、じゃあ特別じゃなくて格別かな?」
「だから、違います」