第2章 『ミルク』ちゃん
爆豪にすべてを奪われた夜。
にとって大好きだったはずの場所、息もできないほど苦しい場所に変わってしまった。
両親が海外赴任で不在だったことは、彼女にとって不幸中の幸いだった。
翌朝、は腫れ上がった瞳で、最低限の荷物だけを鞄に詰め込んだ。
内腿にはまだ、昨夜の生々しい痛みが残っている。
鏡に映る自分の首元には、隠しようのない赤黒い痕。
彼女は誰にも連絡せず、ただ一枚の退学届と、空になった家を残して、早朝の始発列車に飛び乗った。
「さよなら、出久くん。……勝己くん」
窓の外を流れる見慣れた景色を見ながら、彼女は静かに涙を流した。
が完全に姿を消したことを知った幼馴染たちの反応は、対照的だった。
「……いない。どこにも、いない」
放課後、人影のないの家の前で、緑谷は膝をついた。
何度も鳴らしたインターホン。
既読のつかないメッセージ。
学校で「ミルクちゃん」と揶揄された彼女を、強引にでも連れ出したあの日。
そのまま家まで送っていれば。
もっと早く彼女の変化に気づいていれば。
「僕が……僕が、無個性で、弱かったから…君が一番苦しい時に、隣にいてあげられなかった……」
握りしめた拳から血が滲む。
緑谷にとって、彼女を失った喪失感は、己の無力さを突きつける何よりも鋭い刃だった。
「ざっけんな……ッ!! どこへ逃げやがった、あのクソアマ……!!」
爆豪は、誰もいないの教室の机を、爆破と共に蹴り飛ばした。
昨夜、あれほどまでに自分の刻印を刻み込み、その蜜もミルクも、何もかもを独占したはずだった。
「俺のモンだ」と告げた。
彼女も、俺の熱に鳴いていたはずだ。
それなのに、彼女は一言の別れもなく、爆豪の手の中から滑り落ちるように消えてしまった。
(あんな身体で、一人でどこへ行きやがった……ッ!)
舌の先に残る、あの絶頂の瞬間の甘美な味。
それを知っているのは、世界で自分一人だけだ。
その優越感と、彼女を支配したという自負が、今は猛烈な焦燥感へと変わる。
「逃がさねぇ。……地の果てまで追い詰めて、また俺の足元で鳴かせてやる」
爆豪の瞳に宿ったのは、ヒーロー志望者らしからぬ、どす黒く燃え盛る執着の炎だった。