第1章 炎柱は音柱を許さない 【鬼滅の刃 煉獄杏寿郎】
その頃、京極屋の一室では、が人生最大の危機に直面していた。
宇髄からは「数日は様子見だ」と聞かされていた。
しかし、彼女の類まれなる美貌は、一目見た男を狂わせるに十分すぎたのだ。
「……あ、あの。旦那様、まずはお酒を……」
「酒など後だ。これほどの上珠、誰かに取られる前に俺が味わわせてもらわねばな」
目の前の男は下卑た笑みを浮かべ、強引にの顎を掴むと、無理やり何かの薬を喉の奥へ流し込んだ。
「な、何を……っ、げほっ……!」
「ははっ、すぐに楽になる。女が一番いい声で鳴くための特効薬だ」
それから数分も経たぬうちに、の視界が歪み始めた。
心臓の音が耳元でうるさく響き、体の芯から得体の知れない熱がせり上がってくる。
目の前の恰幅の良い男は、酒の匂いを撒き散らしながら、濁った瞳でを舐めるように見つめていた。
彼女は震える手で膝を抱え後ずさる。
「お、おやめください。私はまだ、心の準備が……」
「ははっ、その初々しさがまた堪らん! さあ、こっちへ来い!」
男が強引に腕を引くと、の体はあっけなく畳の上へと押し倒された。
重い簪が音を立てて畳に落ち、艶やかな髪が散らばる。
「嫌……っ! 離してください! 杏寿郎さん……っ!」
思わず叫んだ名は、ここにはいない愛しい人のものだった。
覆いかぶさる男の重みに、は絶望に瞳を閉じ、奥歯を噛み締めた。
(ごめんなさい、杏寿郎さん……私、もう、お屋敷には戻れないかもしれません……!)
その時だった。
「そこまでだ!!」
障子を蹴破るというより、枠ごと吹き飛ばすような轟音と共に、凄まじい熱風が室内に流れ込んできた。
「な、なんだぁ!? 誰だお前は!」
男が驚いて顔を上げた瞬間、そこには着物姿ながらも、炎のように逆立つ髪を揺らし、怒り狂った不動明王のような表情の煉獄が立っていた。
「……杏寿郎……さん?」
涙に濡れた瞳を開けたの視界に、月明かりを背負った彼が映り込んだのだった
「! 無事か!」
煉獄は一歩で距離を詰めると、腰を抜かしている男を片手で投げ飛ばし、床に伏せる彼女を抱き起した。
触れた彼女の肌は火を吹くように熱く、その瞳は潤みきって焦点が合っていなかったーー。