第1章 炎柱は音柱を許さない 【鬼滅の刃 煉獄杏寿郎】
宇髄に連れ去られた先は、不夜城と謳われる吉原遊郭だった。
「いいか、地味なことは一切忘れて、派手に着飾れ! お前は今日から、この京極屋に潜入する一人の遊女だ」
宇髄の命令で美しい着物に着替えさせられ、厚い化粧を施された。
鏡の中にいたのはいつもの慎ましい使用人の姿ではなく、妖艶な輝きを放つ見知らぬ女だった。
「宇髄さん……本当に、私でなくても良いのではないでしょうか。潜入とはいえ、このような場所で働くなんて……」
「あぁ? 何を弱気なこと言ってやがる。その美貌なら、どんな客だって一発で落とせるぜ。鬼の情報を持つ奴に近づくには、これが一番手っ取り早いんだよ」
宇髄は満足げに腕を組み、ニヤリと笑った。
の心の内は不安で押し潰されそうだった。
町でも評判の美人であった彼女だが、その心は幼い頃からずっと杏寿郎ただ一人に捧げられていた。
当然、男性との経験など、指一本触れられたことさえないのが実情だった。
「……あの、潜入調査というのは、具体的に何をすればいいのですか? お酒を注ぐだけでは……ありませんよね?」
「基本は客の懐に入り込んで情報を引き出すことだ。まあ、お前は立ってるだけで客が寄ってくるだろうがな」
「そ、そんな……。私、杏寿郎さん以外の男性とまともに目を合わせるのも苦手なのに……」
宇髄が去った後、は一人、豪華だがどこか虚しい部屋に取り残された。
「杏寿郎さん……助けて……」
思わず口を突いて出たのは、愛しい人の名前だった。
もし、彼が今の自分の姿を見たらどう思うだろうか。
普段は煤にまみれ、芋を煮るためだけに動かしていた手が、今は重い簪や派手な帯に縛られている。
「……だめ。泣いてはいられないわ。杏寿郎さんの幼馴染として、恥ずかしくない振る舞いをしなきゃ」
自分に言い聞かせるように、は震える手で膝の上の着物を握りしめた。
その夜、初めて客の前に出るよう命じられた彼女を待っていたのは、酒の匂いと男たちの品定めするような視線だった。
「おっ、新人か? 随分と綺麗な珠じゃねぇか。こっちへ来いよ」
「っ……、失礼いたします……」
差し出された無骨な手を前に、は咄嗟に体を強張らせた。
その瞬間、彼女の脳裏に浮かんだのは、いつも優しく自分の名を呼んでくれる、あの快活な煉獄の声だった。
