第10章 彼は彼女を取り戻したい 【ONE PIECE ロー】
潜水艦ポーラータング号の食堂は、今日も今日とて賑やかだった。
窓の外は深い深い紺碧の海だが、船内にはいのりが作る料理の香ばしい匂いが立ち込め、寒さを忘れさせてくれる。
「うっま……! いのりちゃん、この味付け最高だよ!」
「あはは、ペンギンさん、口の周りにソースがついてますよ」
いのりは甲斐甲斐しく大皿を運びながら、弾むような声で笑う。
禪院家では食べることも苦痛だった彼女が、今は誰かの「美味しい」のために腕を振るっている。
「いいか、いのり。もうすぐ着くシャボンディ諸島は、今までの島とはワケが違うんだ」
シャチが真面目な顔をしてフォークを向けた。
「あの島は巨大なマングローブの集まりでね。地面からポコポコと『シャボン玉』が湧き出てるんだよ。それに乗って空も飛べるんだ!」
「シャボン玉に乗る……? まるでお伽話ですね」
「アイアイ! それに、遊園地もあるし、お菓子もいっぱい売ってるよ。でも、絶対に離れちゃダメ。悪い奴らもたくさんいるからね」
ベポが大きな肉を頬張りながら忠告すると、いのりは目を輝かせた。
「空を飛ぶシャボン玉に、遊園地……。想像もつきません。どんなに綺麗な場所なんでしょう」
数日後。ついに潜水艦が浮上し、ハッチが開かれた。
「——うわぁ……っ!」
甲板に飛び出したいのりは、その光景に言葉を失った。
見上げるほど巨大な樹木。
その根っこから、陽光を反射して七色に輝く無数のバブルがふわふわと空へ昇っていく。
「見て、ローさん! 本当に泡が飛んでる……! 木が、あんなに大きくて……空がすごく近いです!」
はしゃぐ彼女の後ろから、ローがゆっくりと姿を現した。
彼は騒がしく跳ねるバブルを一瞥し、いつものように不敵な笑みを浮かべる。
「……はしゃぎすぎて、泡と一緒に飛んでいくなよ。根っこから特殊なガスが出てやがるんだ」
「ガス……? 難しいことは分かりませんけど、本当に魔法みたい。私、こんなに綺麗な場所、生まれて初めて見ました!」
いのりは手すりに身を乗り出し、流れてきた小さなシャボン玉をそっと指先で突っついた。
弾ける感触に、彼女は子供のように声をあげて笑う。
その横顔にはもう、影はどこにもなかった。