
第9章 彼は遊女の彼女を手放したくない 【鬼滅の刃 不死川実弥】

「すごい……。火を熾すのが、こんなに大変なことだったなんて。……以前の家では、ただ『スイッチ』というものを……」
「すいっち……? なんだそりゃ。聞いたこともねェ呪文唱えてんじゃねェぞ」
「あ、いえ……なんでもありません。すみません、不死川さん」
彼女は慌てて俯いた。
禅院の家には、呪術界の古いしきたりはあっても、生活自体には現代の文明だった。
しかし、この大正の世には、彼女が当たり前だと思っていた「電気」という概念すらない。
不死川は、熱心に火の番を始める彼女の横顔をじっと見つめた。
遊郭で見せた、男を蕩かすような絶望的な色香。
それとは裏腹に、今はまるで幼子のように、生活のすべてに目を輝かせている。
「テメェ……本当は、何歳だ?」
「えっ……? 十八ですが……」
「十八か。……にしては、世間知らずが過ぎるだろォ。まるでお姫様か、どこぞの異界から来たみたいじゃねェか」
「……異界、……ふふ、そうかもしれませんね」
彼女が自嘲気味に、けれど柔らかく笑う。
直哉の元にいた頃には、笑い方すら忘れていたのに。
「ほら、次はこの行灯だ。暗くなったらこれで明かりを灯す。芯を出しすぎると煤が出るからな」
不死川が彼女の後ろから手を伸ばし、火を移す方法を教える。
その瞬間、彼の指先が彼女の手に触れた。
彼女はびくりと肩を震わせ、条件反射のように目を閉じて身を強張らせる。
客に何度もナカを掻き回され、蹂躙された記憶が身体の奥で疼いたのだ。
「……っ!」
不死川はその反応を見て、すぐに手を離した。
「……怖がらせるつもりはねェよォ。ここはあのクソ店じゃねェ。俺を、あんな薄汚ねェ客どもと一緒にすんじゃねェぞ」
「……っ。すみません、不死川さん。分かっています、分かっているのに……」
彼女の瞳に涙が溜まる。
不死川は頭を乱暴にかきむしり、そっぽを向きながらぶっきらぼうに言った。
「……まあ、少しずつ慣れりゃいい。テメェがここで大人しく飯作って待ってりゃ、誰も文句は言わねェ。俺がいない間も、勝手にどっか行くんじゃねェぞ」
「はい。……ありがとうございます、不死川さん」
何もない不便な生活。
けれど、ここには無理矢理ナカを汚そうとする者も、冷たく見下す直哉もいない。
彼女は、不死川が熾してくれた小さな火を、大切に、大切に見守り続けた。
