第9章 彼は遊女の彼女を手放したくない 【鬼滅の刃 不死川実弥】
廊下を足早に抜ける二人を、屋根裏から不気味な気配が睨みつけていた。
(チッ……あの男、なんだってのよ。ただの人間じゃないわね)
獲物を逃すまいと帯を伸ばしかけていた堕姫だったが、不死川が放つ異常な闘気と、周囲にいる大勢の客の目に阻まれ、舌打ちをして身を引いた。
「今回は見逃してあげるわ……。面倒な男に構うのは趣味じゃないもの」
店を出て、遊郭の喧騒を離れた川べりに着くと、不死川はようやく彼女の手を離した。
「……汚ねェ真似させて、悪かったな。宇髄の野郎には後で文句言ってやる」
「いいえ……ありがとうございます。不死川様が来なかったら、私、………」
いのりはその場に泣き崩れた。
何度もナカを掻き回された痛みと、ようやく得られた自由。
不死川は不器用に彼女の背中を、軽く叩いた。
「……もう、あんな風に抱かれる必要はねェ。俺の屋敷に連れてってやる。そこなら、誰もテメェに指一本触れさせやしねェ」
「……はい、不死川様」
涙を拭い、いのりは不死川の背中を追った。
直哉の呪縛からも、遊郭の地獄からも、ようやく彼女は解き放たれたのだった。
遊郭の喧騒から遠く離れた、静かな不死川の屋敷。
不死川は彼女を落ち着いたら自由にするつもりだったが、この見知らぬ世界で身寄りのないいのりは、震える声で「ここに置いてほしい」と彼に縋りついた。
こうして、かつて「胎」としてしか扱われなかったいのりの、不器用な「女中」としての生活が始まったのだった。
「おい、そこはそうじゃねェ。……貸してみろ」
不死川の声が、薄暗い台所に響いた。
いのりは、目の前にある竈(かまど)というものをどう扱えばいいのか分からず、真っ黒な煤(すす)を頬につけて立ち尽くしていた。
「……すみません、不死川さん。私、こんなこともできなくて」
「謝るんじゃねェ。……っつーか、テメェ、本当にどこで育ったんだ? 竈の火も熾(おこ)せねェ、油の灯しも分からねェ……」
不死川は呆れたように息を吐きながらも、手慣れた動作で薪を組み、火を熾してみせた。
パチパチとはぜる火の粉を、いのりはまるで魔法でも見るかのような、純粋な驚きを湛えた瞳で見つめている。