第9章 彼は遊女の彼女を手放したくない 【鬼滅の刃 不死川実弥】
翌朝、京極屋の空気は一変していた。
「聞いたかい? あの『鉄壁』が、ついに中を許したんだってね」
「なんだ、結局はただの安女じゃない。中が極上だなんて、あの旦那、鼻の下を伸ばして吹聴してたわよ」
部屋に閉じこもるいのりの耳に、障子越しに投げつけられる遊女たちの嘲笑が突き刺さる。
昨夜、強引に奪われた際の、内側を掻き回されるような不快感と熱が、まだ肌にべったりと張り付いているようだった。
「あら、随分とお疲れのようね。昨夜はよっぽど激しく可愛がられたのかしら?」
部屋に踏み込んできたのは、普段から彼女の美貌を妬んでいた遊女たちだった。
彼女たちは、いのりの青ざめた顔を見て、勝ち誇ったように笑う。
「……やめてください。私は、望んであんなこと……」
「白々しい! そうやって男を焦らしておいて、いざとなったらナカで締め上げるなんて、とんだ性悪だわ」
執拗な言葉の刃に、彼女はただ震えて耐えるしかなかった。
昨夜の行為で痛む身体を丸め、不死川が言った「明日」を、心の中で何度も反芻する。
その時、廊下の空気が氷つくように張り詰めた。
「……騒々しいわね。下等な人間が群れて何を騒いでいるの」
現れたのは、京極屋の看板花魁、蕨姫――上弦の陸・堕姫だった。
彼女の圧倒的な威圧感に、先ほどまで騒いでいた遊女たちは顔を伏せ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
堕姫はゆっくりと部屋に入ると、床に伏せるいのりの髪を乱暴に掴み、その顔を上げさせた。
「……あんた、最近鼻につくのよ。中を許した途端、そんな情けない顔をして」
「あ、ぅ……っ」
「でも……その腐りかけた果実のような匂い、悪くないわ。絶望してる人間の肉は、美味しいのよ」
堕姫の瞳が、獲物を定める蛇のように細められる。
彼女はいのりの首筋を冷たい指でなぞり、耳元で低く囁いた。
「今夜、あんたを食べてあげる。楽しみにしてなさい」
堕姫が去った後、いのりはガタガタと歯の根が合わないほど震えた。
直哉に抱かれていた時とは違う、本能的な「死」への恐怖。
「助けて……不死川様……宇髄様……っ」