第9章 彼は遊女の彼女を手放したくない 【鬼滅の刃 不死川実弥】
ある夜の京極屋の一室、豪華な座敷に座る二人の男。
一人は派手な装飾を身に纏い、もう一人は荒々しい傷跡を顔に刻んだ、見るからに堅気ではない男たちだった。
「おい、宇髄。なんで俺がこんな場所に……。任務なら一人で来やがれ」
不死川は苛立ちを隠そうともせず、目の前の酒瓶を睨みつけた。
「そう言うな、不死川。潜入してる俺の嫁からの連絡が途絶えた。ここは今、最も噂の『新しい遊女』がいる店だ。そいつを指名すりゃ、店の奥の事情も探りやすいだろ?」
宇髄が不敵に笑うと、静かに襖が開いた。
現れたのは、儚げな美貌を持ちながらも、どこか凛とした、けれど怯えを隠せない瞳をした遊女――いのりだった。
「……ようこそ、おいでくださいました」
いのりは震える手で二人の盃に酒を注ぐ。
不死川がその盃を口に運ぼうとした、その時だった。
「待て、不死川」
宇髄が不死川の手首を掴み、その動きを制した。
彼の鋭い鼻が、酒の香りに混じった微かな異変を捉えていた。
「おい、これに何を入れた?」
宇髄の低く冷たい声に、彼女の肩が大きく跳ねた。
不死川が盃を覗き込み、険しい表情でいのりを睨み据える。
「……あ、あの、それは……」
「隠しても無駄だ。俺の鼻は誤魔化せねぇ。睡眠薬だな? 客を眠らせて、一体何をしようとした?」
宇髄の指摘に不死川が立ち上がり、いのりに一歩詰め寄る。
その威圧感に耐えきれず、彼女は力なく項垂れた。
「……申し訳ございません。でも、こうするしか……こうして時間を稼いで、本番をさせないようにするしか、私には道がなかったんです……」
「本番をさせない?」
不死川が眉を寄せる。
遊郭に売られた女が、自ら客を拒むために薬を盛る。
それはこの街では命取りになりかねない行為だった。
「私は、気がついたらこの街に倒れていて……。京極屋の女将に拾われましたが、恩を返せと無理矢理働かされて。でも、私は……その……直哉さん以外は…いえ………その…行為が、どうしても、怖くて」
いのりの目から、溜まっていた涙が溢れ出した。
宇髄は不死川を制し、少しだけ表情を和らげて彼女を見つめた。
「あんた、ここに来る前の記憶はあるのか? その『直哉』ってのは、あんたをどう扱ってたんだ」