第7章 潜入捜査官の彼は彼女に助けられる 【名探偵コナン 諸伏景光】
「ヒロ。お前、本当に生きていてよかった」
「ああ。……君の言う通り、あいつを一人にするわけにはいかないからな」
やがて運ばれてきたのは、いのりが心を込めて作った家庭的な料理だった。
一口食べた降谷は、そのあまりに優しい味に、張り詰めていた肩の力をようやく抜いた。
「……美味いな。君は、ヒロを甘やかしすぎなんじゃないか?」
「そんな……! 私は、景光さんが無事でいてくれれば、それだけで」
「ほら見ろ、ゼロ。俺の勝ちだ」
「勝ち負けの話じゃない! ……全く、お前たちの惚気を聞かされるために駆けつけたわけじゃないんだぞ」
文句を言いながらも、降谷は出されたおかわりを断らなかった。
外の世界では命を懸けた騙し合いが続いている。
けれど、この食卓を囲む三人の間には、偽りのない温かな絆が確かに存在していた。
「……おかわり、まだありますからね」
いのりの笑顔に、二人の捜査官は顔を見合わせ、今だけは全てを忘れて笑い合った。
「落ち着いて聞いてほしい。……俺たちは今から、ここを離れる」
食事を堪能した後。
景光のその言葉が、全ての合図だった。
食卓を囲んでた先程と空気が一変し、降谷が鋭い眼差しで頷く。
景光はいのりの手を優しく握り、偽らざる真実――自分たちが組織を追う立場の人間であること、そして組織から逃れ生きる為に、いのりを守るために、身分も全てを捨てて遠くへ逃げる必要があることを手短に伝えた。
「……わかりました。あなたと一緒なら、どこへでも」
いのりは怯えることなく、ただ真っ直ぐに景光を見つめて答えた。
それからの動きは早かった。
降谷が外の様子を伺う間に、二人は最低限の荷物を鞄に詰め込んだ。
かつていのりが「道具」として扱われていた頃の持ち物は一つもない。
あるのは、景光が買い与えてくれた服だけだった。
「準備はいいか。車を裏に回してある」
降谷の低い声に促され、三人は住み慣れたセーフハウスの灯りを消した。
「行こう。新しい場所へ」
景光に肩を抱かれ、いのりは夜の闇へと足を踏み出す。
背後で閉まったドアの音は、過去との決別の音だった。
降谷の運転する車が滑るように走り出し、三人は夜明け前の喧騒を抜けて、潮風の香る未知の島へと向かうのだった。