第20章 神業
静かになった医務室で、僕は規則正しい吐息を立てて眠るナマエの額へとそっと手を伸ばした。
硝子の反転術式によって傷は跡形もなく塞がっていて、そこから溢れ出ていた血の跡も、今は綺麗に拭い取られている。
(…特級を一人で祓っちゃったとなると、また上のジジイ共が黙ってないよな〜……)
ナマエを見つめながら、僕は頭の痛い問題に小さくため息を漏らした。
元々、規格外の術式を持つナマエは上層部から目を付けられていた。
それが数ヶ月前に一級推薦という派手な形で露呈してから、また釘を刺すようにしていたけれど。
まぐれでも特級特級を祓ってしまった以上、もう"ただの準一級術師"という言い訳は通用しなくなるだろう。
(………僕が祓ったことにしたいけど、)
それもさすがに無理があるな、とアイマスクの上から腕を乗せて目元を覆った。
現場にいたのは僕と伊地知だけではなかったし、あの濃すぎる残穢を短時間で処理出来る方法なんて、僕が山ごと消し飛ばす以外になかった。
正直、ナマエのためなら やってしまっても良かったが、あの山のどこかに非術師がいない保証もなかったので、やり留まったわけだ。
(さすが僕。自制心のカタマリ)
心の中で自分を皮肉って、ベッドの上で眠るナマエへと視線を戻した。
硝子の言う通り、呼吸は安定している。
呪力の流れも いつも通りに戻っていて、術式の使用で副産される反動も大して増えていない。
未知の特級を前にしても尚、僕との約束を守りきったナマエに脱帽すると同時に、胸の奥からどうしようもないほどの愛おしさが込み上げてくる。
(………『自分が壊れたら本末転倒』って、言ったのにな〜〜)
術式の負荷でナマエの心身が壊れることはもちろん、命を落とすことだって それに当てはまる。
それなのにナマエは、"縛り"でも何でもない僕との口約束を、こんなにも律儀に、健気に守りきって生還してみせたのだ。