第20章 神業
伊地知は冷や汗を流しながら、必死にアクセルを踏み込んで車を急加速させ、小さく何度も謝罪を繰り返す。
「ナマエに特級は、まだ早いんだけど」
「……申し訳ございません…っ」
伊地知の必死な謝罪を右から左へ聞き流しながら、僕はナマエと恵から貰ったアイマスクを、人差し指でピンと弾くように伸ばす。
……ナマエは、身体と頭を同時に動かすことに長けていない。
そんなあの子が、他とは桁違いに狡猾な特級相手に、一体どこまで立ち回れるというのか。
仮に現場の足止め要員として多人数での乱戦に投入されているとなれば、状況は尚のこと最悪で絶望的だ。
(一人の方が動きやすいんだよね。……僕も、ナマエも)
ナマエにとっての庇護対象は、その場に居るナマエ以外の人間全員。
たとえそこに僕がいたとしても、恐らくナマエの頑固な思考が変わることはなく、僕ごと丸めて護ろうと尽くしてしまう。
周りに守るべき対象がいればいるほど、あの子は自分を犠牲にして、勝手にボロボロになっていく。
(……………弱者生存、か)
いつだったか、唯一の"親友"が大真面目な顔でそんな理想を嘯いていた記憶が過ぎった。
そして───その理想を掲げる人間が、人並み以上に優しく、それ故に脆く、簡単に壊れていってしまうのかを、僕は嫌というほど知っている。
「伊地知、急いで」
二度と、その優しさが理不尽に壊れてしまわないように。
諦めたように背を向けて、僕の傍から遠く離れて行ってしまわないために。
そんな思いを喉の奥で噛み殺しながら、僕は青ざめる伊地知を急かし、車のスピードを限界まで引き上げさせた。