第20章 神業
「……惨い」
そう呟いたのは、誰だったのか。
真っ黒に染まりかけた思考を必死に落ち着けるために、肺いっぱいに空気を吸って吐き出した。
けれど、鼻腔にこびりついた鉄錆の匂いは消えてくれない。
それどころか、次の瞬間には また別の激しいブレーキ音と共に、新たな叫び声が響き渡った。
「特級案件です……!!!今すぐ五条さんを現地へ派遣してください!!」
「救護室のベッドはできるだけ空けとけ!最低でも、あと五人の重症者がこっちに運ばれて来る!!」
「私はこのまま現場に戻って、要救護者の回収に向かいます!!」
次々と車が止まり、階段の下で慌ただしい人の気配が増していく。
未だに私の目元は恵くんの手によって覆われたままだったけれど、……もう、そんな気休めのような目隠しに意味がないことなんて、恵くんにも分かっているはずだ。
「手の空いている一級術師………七海さんはいないのか!?」
「昨日から地方へ出張中です!!」
「クソ……ッ、京都校へ連絡を入れろ!! 間に合うかは分からんが、あっちの一級に手を借りるしか────!!」
特級案件。
それは現代に数人しかいない特級術師、もしくは選りすぐりの一級術師にのみ依頼される、高難度で凄惨な、死と隣り合わせの任務。
五条先生や七海さんは、今こうして最悪の窮地で真っ先に名前を挙げられる、"選ばれた呪術師"なのだ。
「…………ナマエ」
耳元で小さく私の名前を呟いた恵くんの指先が、私の腕を掴む手に、更にグッと力を込めた。
……わかっている。私はまだ、準一級。
どれだけ術式が有用だろうと、ここで頼られるべき戦力は、私なんかじゃない。
────── それでも、私はこの現状を見過ごせるほど、大人じゃない。
私は、私がこれ以上傷つかないようにと目を覆ってくれていた恵くんの大きな手を、優しく引き剥がす。
光が戻った視界の先。
階段の下には、血塗れで混沌とした地獄のような光景が広がっていた。