第2章 傘の内側
少しずつ落ち着いていく呼吸音の中、遠くでローラースケートが床を滑る音が聞こえた。
その音はどんどん近くなって、ダンッと扉の方から鈍い音が聞こえた。
「月っ!」
無人さんの声…彼の匂いがふわっと香った頃には、その匂いに包まれていた。
皇后崎くんとは違う香り、温度。
私が一番落ち着けて、大好きな場所。
「な、いとさっ…無人さん!
うっ…捨てないで…」
ギュッと握った黒いシャツに皺が寄る。
塩っぱい雫が染みを作る。
抱き締められた身体は、震えが止まった。
息は皇后崎くんの腕の中で出来るようになった。
後は…私の世界をこの人で満たすだけ。
触れて欲しい…キスをして欲しい。
意味も知らないのに、ただ漠然とそう思った。
顔を上げると交わる視線。
無表情のはずなのに、焦っているのがわかった。
息が少し上がっている。
肩が僅かに上下している。
「無人さん…」
ただ彼の名を言葉にするだけで満たされる。
自ら触れた唇は、大好きな人と熱を溶かした。
胸が、あったかい。
これからは、キスもしていいですか?
拒むことをしない無人さんから唇を離し、見つめ合う。
眉間に皺が寄った。
したら、ダメだった?
「それは…
ここでするものじゃない」
「ごめんなさい」
笑って謝れば、呆れたように息を吐き出し、温かく笑った。