第12章 傷と夜空
渡り廊下の影が、午後の光に細く伸びていた
事務室から少し離れたその場所で、七海は足を止める
正面には、相変わらず軽い立ち姿でこちらを見ている―五条悟だ
「は?」
七海の低い声に、五条は肩をすくめた
「いや、紅海の領域展開…」
言いかけた所で、七海の視線が鋭くなる
「それは、流鏑馬さんの許可を得ての質問ですか?」
空気が冷える
五条は一瞬だけ言葉に詰まり、すぐに軽い調子へ戻す
「いやさ、紅海が酔っぱらって帰った日にね、話題が出たんだよ
領域展開した後、反動でぶっ倒れるって聞いてさ
硝子にも聞いたけど、詳しくは知らないって
で、七海なら知ってるかな〜って聞いてね」
冗談めかした口調だが七海は誤魔化されない
「…そうだとしても、本人の許可なく話すわけにはいけません」
淡々と、しかしはっきりと線を引く
「それに、それを知って、どうするんですか?」
五条は一瞬、言葉を探すように天井を仰いだ
そして、いつもの軽薄さをほんの少しだけ落とす
「紅海の事が、心配だから」
短い沈黙
七海の眉が、わずかに動いた
「珍しいですね」
歩みを再開しながら、横目で五条を見る
「流鏑馬さんの事で、そんなに素直に“心配だから”と口にするとは」
五条はいつも通りの、余裕のある笑顔
「え〜? ナイスイケメンな僕はさ、
いつでも皆の事を心配して生きてんですけど〜?」
どこか照れ隠しが混ざったような…
七海はため息をひとつ
「…とにかく」
足を止め、正面から言い切る
「それなら、ご本人に聞くべきです
領域展開は開示され漏れては命に関わる事もある
第三者が軽々しく扱う話ではありません」
五条は、少しだけ黙った
その沈黙は、肯定にも反論にもならない
「…だよね~」
珍しく、素直な声だった
「紅海は、僕に心配掛けたくないだろうからさ
聞いたら困ると思って聞いてないんだよね
でもさ、その時になって、ぶっ倒れられても対処の仕様もないからね
ちょっと、予習しときたかったんだよ、ま、今度にするよ」
七海は一瞬だけ五条を見る
「その時が無い様に祈ります」
そう言って、歩き出す