第41章 事務と信頼
全部消えない
それでも義手を作ることを選んだ
それは少なくとも
保田が、自分のこれからを諦めてはいないということだ
『…生きようとしてるんだよね』
ぽつり
伊地知は答えなかった
『どんな形でも自分で、生きる方を選んだんだ』
その声には安堵が滲んでいた
伊地知は少しだけ目を伏せる
「……そうですね」
『それなら、良かった』
紅海はいつもの、へにゃっとした笑顔を見せた
伊地知は何も言わなかった。
「……」
紅海は、保田の罪を肯定しているわけではない
ただもう一度…諦めずに生きようとしている人間がいるということに嬉しく思っているのだ
「……流鏑馬さん」
『ん?』
「優しいですね」
『……そうかな…私は……
……生きることを、諦めてほしくないだけだよ
なんて…私の自己満かもだけど…』
伊地知は黙った
その言葉には
紅海自身も気づいていないほどの重さがあった
死ぬほど傷ついたとしても
誰かを傷つけてしまったとしても
一度壊れてしまったとしても
それでも
生きる方へ進めるのなら
その選択だけは否定したくない
「そんなこと……」
伊地知は返す言葉に悩む
そして
「では、報告は以上です」
報告を締め括る
『うん…ありがとう、イッチー』
「いえ」
しばらくして、また紙をめくる音だけが、静かな事務室に戻ってきた
伊地知はコーヒーを一口飲みながら、その横顔をちらりと見る
本人は、もう気にしていないらしい
さっきまで事件の話をしていたとは思えないほど、いつもの顔をしている
――不思議な人だ
人のことをよく見ている
けれど、自分がどう見られているかには、驚くほど無頓着だ
そして五条悟という人間のことを、よく知っている
それを特別なことだとも思っていない
伊地知は、ふとこれまでの二人を思い返した
「それ取って」
「紅海、これやっといて」
「僕、疲れたんだけど」