第41章 事務と信頼
『……でも、当たり前だけど、全部じゃないよ』
小さく笑う
「……」
『私が分かったつもりになってるだけで、知らないところ、いっぱいあると思う』
窓の外へ視線を向ける
『悟が何考えてるのか…その日、その時の気分も有るだろうし
今…何思ってるんだろうなぁ?…って』
自分が長い時間を一緒に過ごしてきた同期
昔から知っていて、今も隣にいる
けれど――
全てを知っているとはならない
『だから……簡単に、“こういう人”って決められないかな』
「……カテゴライズ、ですか」
『うん』
紅海は頷いた
『悟の場合、こういう人…って決めちゃったら、たぶん、その時点で見えなくなるものもあると思うし』
伊地知は黙って聞いていた
紅海の言葉には、五条への特別な感情を匂わせるものはない
少なくとも、本人はそういうつもりなのだろう
ただ、五条を「最強だからこういう人」と一括りにしない
軽薄なところも
人を食ったようなところも
面倒くさがりなところも
それとは別に、妙に人のことを見ているところも
誰にも言わずに何かを背負っているところも
全部ひっくるめて、五条悟という人間として見ている
伊地知は、ふと笑った
「……なるほど」
『何?』
「いえ」
伊地知は眼鏡を押し上げる
「五条さんが、流鏑馬さんを信頼している理由が少し分かった気がします」
『え?』
「いえ。何でもありません」
『えー、気になる』
「秘密です」
『イッチーまでそういうこと言うの?』
紅海が少し頬を膨らませる
伊地知は苦笑した
けれど、胸の内では思っていた
紅海は五条を特別扱いしているわけではない
だからこそ、五条にとって居心地がいい存在なのかもしれない
肩書きだけで自分を見てこない人間が、すぐ隣にいる
それはきっと――五条にとって、思っている以上に珍しいことなのだろう
しばらく紙の擦れる音だけが続いていた
紅海は確認のため書類へ目を落としたまま、次の一枚へ手を伸ばす
その向かいでは、伊地知がサンドイッチを手際よく食べている
仕事の合間に食事を済ませることに慣れているらしい
紅海はふと顔を上げた
伊地知が、紙カップのコーヒーを一口飲む
肩の力が抜けている