第40章 母と姉
「……」
幼い頃から、千草に言われてきた言葉が蘇る
――お前は、人を不幸にする
あの時は、意味がよく分からなかった
ただ、怒らせ悲しませてしまった
千草にとっては、姉を失った悲しみの中で生まれた言葉だったのだろう
……やっぱり私は、誰にも愛されない人間なのかな
でも…本当は、誰か一人でいい
自分のことだけを見てくれる人がいればいい
自分が帰る場所になってくれる人
自分がいなくなったら、寂しいと思ってくれる人
そんな人が一人くらいいたら
――幸せなのかもしれない
そこまで考えて
紅海はすぐに首を振った
……何考えてるんだろ
一人で寂しいから誰かにいてほしいなんて…わがままだ
「……最低」
小さく呟く
誰かのことを考えるならまだしも
自分の寂しさばかり考えている
世の中には、もっと大変な人がいる
もっと辛い思いをしている人がいる
自分には、おばあちゃんがいる
友達もいる、生徒たちもいる
悟だって…
それで、十分じゃないか
それなのに
「……」
目の奥が熱くなった
紅海は瞬きをする
一粒…頬を伝う。
「……あれ」
慌てて指で拭う
泣く理由なんてないのに
今日だって、おばあちゃんに会えた
母親の話も聞けた。
悟も一緒に来てくれて楽しかった
だから
泣く必要なんてない
「……なんで」
また一粒
今度は反対側の頬を伝った
寂しいのか
悲しいのか
悔しいのか。
自分でも分からない
ただ、涙だけが、ポタポタと勝手に落ちていく
お母さん、お父さん
心の中で、名前を呼ぶ
二人とも、きっと、自分に幸せになってほしかっただろうな
生きて、笑って
誰かに愛されて
そんな人生を送ってほしかったはずだ
紅海は、月を見上げた
「だから……笑わなきゃ」
心配させちゃダメ
小さく笑ってみる
頬に涙が残ったまま
「私は、大丈夫」
誰に言うでもなく呟く
「ちゃんと幸せだから」
その言葉を自分に言い聞かせるように
なぜか、胸の奥が苦しくなった
紅海は顔を伏せる
肩が小さく震える
声を出さないように
誰にも気付かれないように
ただ静かに泣いた
秋の夜は深く
境内には、虫の声だけがいつまでも響いていた