第40章 母と姉
やがて縁側の前の部屋でくつろいでいた浅葱が立ち上がった
「そろそろ寝ようかね」
『うん、おばあちゃん、おやすみ』
「紅海も、夜更かししないでね」
『分かってるよ』
少し遅れて、五条も立ち上がる
「じゃ、僕も寝よ…紅海は?」
『わたしは、もうちょっといようかなぁ…おやすみ、悟』
「おやすみ」
二人の足音が、それぞれの部屋へ遠ざかっていく
障子が閉まる音
それきり、神社は静かになった
紅海は一人、縁側に残った
夜風が頬を撫でる
昼間より、ずっと冷たい
膝を抱えるようにして座り、ぼんやりと庭を眺める
月明かりに照らされた境内は、昼間とはまるで違って見えた
ここは昔から、何も変わらない
紅海は、ふと目を伏せた
夢とも記憶ともつかない、奇妙な断片が意識をよぎる
あの巫女の記憶
自分のものではない
それなのに、妙に懐かしい
胸の奥に、感情が流れ込んでくる
紅海は、ゆっくり目を開けた
「……」
胸の奥が、少しだけ痛んだ
どうしてだろう
あの巫女のことを思い出すと
怖いというより…悲しい
まるで、ずっと一人で何かを背負っていた人を見ているようだった
紅海には、その人が悪い人には思えなかった
少なくとも、最初から、人を傷つけようとしていた人には感じない
……何があったのか答えは返ってこない
ただ、残っている感情だけがある
自分が引き受ければいい
自分さえ我慢すればいい
本当は羨ましい愛されたい
――その考え方が
紅海には、あまりにも馴染み深かった
巫女は、きっと、誰か一人でも良い、自分を愛して見つめてほしかったんだね
紅海は巫女の気持ちがなんとなく解ると責められなかった
「…愛されたい…かぁ…」
膝を抱える腕に、少し力を込める
周りを見れば、いつの間にか、結婚している人の方が多くなっていた
学生の頃は、そんなことを考えもしなかった
家に帰れば、待っている人がいる
休日を一緒に過ごす人がいる
子供の話をする人もいる
少しだけ羨ましいなと思ってしまった