第40章 母と姉
それなのに
ただ隣を歩いている女が、少し寂しそうな顔をしていただけで
――いなくなりそう、なんて
「紅海」
『ん?』
紅海が振り返る
夕日を受けた瞳が、いつものように柔らかく
いつもより綺麗に見えた
五条は一瞬だけ言葉を失った
「………」
何を言うつもりだったのか
自分でも分からない
大丈夫か、と聞くのは違う
そんなことを聞いたら、きっと紅海は笑って「大丈夫」と答えるから
「……勝手にいなくならないでよ?」
『……え?』
紅海の足が止まった
五条は、自分で言ってから少しだけ目を瞬く
あまりにも素直な言葉だった
「いや…」
すぐにいつもの笑顔を作る
「せっかく東京戻ってきたんだからさ
また京都とか戻られたら困るし?」
『……任務なら、こないだ一緒に行ったでしょ?』
「そういう話じゃない」
『じゃあ、どういう話?』
「知らない」
五条は笑った
紅海はしばらく五条を見つめていた
やがて、少しだけ困ったように笑う
『……変なの…悟』
紅海がまた歩き出す
その横に、五条も並ぶ
今度はさっきより少しだけ近い肩が触れそうな距離
五条は前を向いたまま、何気なく口を開く
「あとさ簡単に、自分の事責めんじゃないよ」
紅海の足が、ほんの少しだけ緩む
『……』
「君がどう思ってるか知らないけど
僕は、紅海がいなくなるの、普通に嫌だから」
それだけ言って、五条は先に歩く
まるで大したことを言っていないようなすまし顔で
紅海はその背中を見つめた
胸の奥に、知らない熱が小さく灯る
けれど、その意味までは分からない
『……うん』
小さく返事をして紅海は五条の隣へ戻った
二人分の影が並んで伸びていた
帰ってきた2人は
晩飯を終え、部屋の明かりを背に、縁側に並んで座っている
涼しい風の中、虫の声だけが静かに響いていた
縁側に買ってきたお菓子を広げ
紅海は湯呑みを両手で包みながら、隣に座る五条をちらりと見る