第37章 都と帳
夜の京都
街の灯りが盆地を淡く照らし、遠くでは観光客の笑い声が風に乗って流れてくる
その光景を見下ろす山の中腹
人払いの結界が張られた林の奥で、一人の男が静かに夜景を眺めていた
長い黒髪が夜風に揺れる
額には縫い目
柔らかな笑みを浮かべたその横顔は、どこか穏やかで――だからこそ不気味だった
「随分と小規模だな」
背後から独特な低い声が響く
漏瑚…呪霊だ
腕を組み、京都の街を睨み下ろしている
「渋谷に比べれば児戯にも等しい」
羂索は振り返らない
「そうだね」
あっさりと肯定した
「だからこそ意味がある」
漏瑚は鼻を鳴らす
「意味、か…」
「君は強い…」
羂索は穏やかに続けた
「だから敵を正面から焼き払う発想になる」
「悪いか?」
「いや」
くすり、と笑う
「私は少し違うだけさ」
夜風が木々を揺らす
葉擦れの音だけが静かに流れた
羂索は眼下の街へ視線を戻す
「あの街には、明日も大勢の人間が集まる」
修学旅行生
外国人観光客
地元の人間
「誰も、自分が巻き込まれるとは思っていない」
漏瑚は黙って聞いていた
羂索は続ける
「人間というものは面白い」
まるで講義でもするような口調だった
「一度、正解を経験すると
その正解を、次も信じる」
「……」
「今回、多くの術師が、きっと対応するだろう
帳を通り抜け、人を助け呪霊を祓う…
そして成功体験を得る」
漏瑚が僅かに眉を動かした
「それが何になると言うんだ?」
羂索はようやく振り返る
口元だけが笑っている
「成功はね、人を安心させる…安心は思考を止める」
その言葉を聞き、漏瑚もゆっくりと笑みを浮かべた
「なるほど…学習させるのか」
「そう」
羂索は静かに頷く
「彼らには、今回の件の対策を立ててもらう…存分にね
…そして、その対策ごと、次で覆す」
沈黙が落ちる
遠くで電車が橋を渡る音だけが響いた
漏瑚は京都の街を見下ろしながら問う
「帳だけでは終わるまい?」
「もちろん」
羂索は袖の中から一本の釘を取り出す
黒く変色した、古い呪具
「今回、本当に見たいのは」
その釘を指先で軽く回した
「恐怖が、どこまで呪霊を育てるか…人間が生み出す負の感情
それは呪霊にとって、最高の養分だからね」