第16章 Drastic medicine(緑谷出久 ホークス)
それから、半年後。
僕は、『教師・緑谷出久』としてまぁまぁ平穏な日々を取り戻していた。
繭莉の事は、思い出すと少し胸の奥が痛む程度までの思い出にすることが出来つつあった。
きれいさっぱり忘れられないのがなんだか女々しいなぁなんて思うけど、それでいいと思う。
「おはよー緑谷先生!」
ふと、生徒に声をかけられて僕は俯き気味だった顔を上げた。
「あ、おはよう。大岩さん、石井さん、廊下走らないでね」
「あっ!はぁい!」
僕が注意すると、素直にそれを聞き入れた子達が小走りするのを止めて、僕の後ろをゆっくりした足取りで歩きだした。
そういえば、大岩さんと石井さんって……
不甲斐ない事に繭莉との会話を思い返すと、彼女達は繭莉と仲の良い子達だった。はずだ。
だからなんだろ……思い出しちゃうとか、よくないよなぁ……
僕が自分にちょっと絶望していると、彼女達の会話が耳に入ってしまう。
「ね、ありさ!最近繭莉から連絡あった?」
「え?繭莉?あ、こないだあったよ!なんかねぇ、数学の先生と……ちょっ、耳貸して!」
「うん…………え、えぇっ、うっそぉ!それ、ヤバくない!?ドラマじゃん!」
キャッキャと僕の後ろで繭莉の話題で盛り上がる2人。
耳打ちするような話なんて、この年頃の女の子じゃきっと恋バナかなんかだろう。
そっか。
繭莉はもう、新しい恋してるんだ。
っていうか、数学の先生って……また危ない綱渡りみたいな相手と……
思い出に出来たはずの恋なのに、また胸の奥が鈍く痛む。
僕は、ネクタイの結び目をギュッと掴んだ。
その時、朝のチャイムが鳴った。
その音で、僕は我に返る。
慌てて腕時計を見ると、ホームルームの始まる時間になっていた。
「あ、やばっ!ホームルーム始まる!」
「ホントだぁ!早く行かないと相澤先生に怒られる!ほらぁ、緑谷先生も早く!」
「えっ!?あ、そうだね!」
2人に背中を押されて、急ぎ足で教室へと向かう。
繭莉を思い出して、いつまでもセンチメンタルな気分に浸る暇もなかなかない。
でも、そんな忙しい感じでいいんだと思う。
そうやって、たまに痛む胸も薄皮を剥がすように治っていったら。
そんな事を思いながら、僕は教室のドアを開けた。